深水大輔 Daisuke Fukamizu
パートナー
東京
NO&T Compliance Legal Update 危機管理・コンプライアンスニュースレター
ニュースレター
米国司法省「企業コンプライアンス・プログラムの評価」のアップデート(2)(2020年6月改定)(2020年7月)
FCPAを含む米国当局の法執行強化方針とそれを踏まえたコンプライアンス・プログラムの見直し(2022年1月)
平時におけるコンプライアンス体制整備・運用の重要性―DOJによる直近のRemarksを踏まえて(2022年4月)
企業犯罪執行の強化に関する米国司法省の新たな指針(2022年10月)
米司法省「企業コンプライアンス・プログラムの評価」のアップデートを踏まえた人事・懲戒制度の見直し(2024年1月)
DOJ報奨金付通報制度の運用開始: Whistleblower Awards Pilot Programの概要(2024年8月)
米司法省「企業コンプライアンス・プログラムの評価」のアップデート(2024年9月)とその背景(2024年11月)
2024年4月15日、米国司法省(以下「司法省」)は、一定の企業犯罪に関与した個人が、違法行為に関する情報を同刑事局に対して自主的に報告し、当局による捜査への協力や被害弁償等を行った場合には、検察官から当該個人に対するNPA(Non-Prosecution Agreement:不起訴合意)の提案が行われるという運用を明示したパイロットプログラム(以下「自主報告パイロットプログラム」)を公表しました。このパイロットプログラムは、同日以降に行われた自主的な報告に適用され、司法省内部で、一定期間をかけてその実効性等についての検証が行われるものと考えられます。
そこで本稿では、自主報告パイロットプログラム公表の背景やその内容、企業への影響等について概説します。
近時、司法省は企業犯罪との闘いを「刑事局の最優先課題のひとつ」(“one of the Criminal Division’s top priorities”)と位置づけ※1、政府と企業との間の情報の非対称性(information asymmetry)を埋め、その摘発可能性を向上させるために、企業犯罪の自主的な報告(Voluntary Self-Disclosure)に関してインセンティブを与える施策を次々に打ち出しています※2。2023年1月17日、司法省は、Corporate Enforcement and Voluntary Self-Disclosure Policy(以下「企業執行指針」)を改訂し、企業が違法行為を自主的に報告し、刑事局による捜査に全面的に協力し、摘時に適切な是正を行った場合には、不起訴処分(起訴猶予)(“declination”)を受け得ること等を公表しました※3。また、2024年3月7日には、企業犯罪に関与していない個人による犯罪事実の通報について、当該犯罪に関して企業に支払わせる制裁金の一部を、一定の要件を満たした通報者に報奨金として与えるという新しいパイロットプログラム(以下「通報報奨パイロットプログラム」)の計画も、公表されています※4。
司法省は、企業犯罪が明らかとなった場合、違反企業に対する罰金等を課すだけでなく、それに関与した役職員個人の訴追を行うことを重視する姿勢を、度々示してきました。そうした中で、自主的な報告等によって不起訴合意(NPA)が得られる要件が明示されたことは、企業犯罪に関与した個人にとって、司法省への自主的な報告を行うことへの大きなインセンティブとなる可能性があります。このように、自主報告パイロットプログラムは、企業執行指針や今後発表される通報報奨パイロットプログラム等と併せて、企業犯罪に関する自主的な報告のインセンティブを高め、それにより、司法省による違法行為の摘発を更に促進することを意図しています。
NPAは、司法取引により法人又は個人を不起訴とすることを意味します。刑事局が自主的な報告を行った個人(企業の役職員)に対してNPAを提示する狙いは二つあります。一つは、上記のとおり、刑事局等に対して違法行為に関する独自の有益な情報を提供するインセンティブを個人に与え、違法行為の把握や立証につなげることです。もう一つは、企業犯罪に関する情報を政府が把握するルートを増やすことにより、企業犯罪について、企業が自ら違法行為を防止・発見・是正するインセンティブ、とりわけ企業が刑事局に対して自主的な報告を行うインセンティブを高めることです。つまり、企業の役職員が個人として企業の違法行為に関する情報を刑事局等に報告してNPAを獲得することができる仕組みがあることで、企業としては、役職員が企業に先立って刑事局に報告してしまうことにより、関連する企業犯罪の情報を刑事局が認知し、調査が開始されるとともに、企業自身が自主的な報告を行った場合に得られる恩典が受けられないような事態に至る前に、違法行為を自ら実効的に防止・発見・是正(司法省への自主的な報告を含む)しようとすることが期待されます。
自主報告パイロットプログラムは、企業に関係する一定の違法行為について自主的に情報を提供する等した個人に対し、刑事局がNPAを付与する条件を明らかにし、司法取引の透明性を高めるものといえます。同時に、企業に対し、自主的な報告を行う機会の確保を含むコンプライアンス・プログラムの強化を促す効果を期待するものと考えられます。
刑事局は、特定の類型の企業犯罪に関与した役職員について、下記の条件を全て満たす場合に個人としてNPAを獲得できることを明示しました※5。
上記のとおり、自主報告パイロットプログラムは、刑事局による上記犯罪の捜査において、2024年4月15日以降に行われる通報に適用されます。また、刑事局は、自主報告パイロットプログラムの延長、変更又は終了の判断を行う目的で、関連する報告について匿名化された統計データを収集することを表明しています。
自主報告パイロットプログラムの公表により、企業犯罪に関与した個人によって、違法行為に関する司法省への自主的な報告が行われる可能性が高まるものと考えられます。また、現在、司法省が検討中の通報報奨プログラムが公表されれば、企業犯罪に関与していない個人による通報が活発化することも、同様に予想されるところです。このような、個人による自主的な報告や通報の可能性の高まりは、企業による社内調査や自主的な報告との関係で、一定の緊張状態をもたらす可能性があると考えられます。
すなわち、自主報告パイロットプログラムは、上記のとおり、NPA獲得の条件として、個人によって提供される情報が「独自の情報」(original information)であることを求めているため、違法行為に関する司法省への自主的な報告が企業によって既に行われていれば、仮にその後に役職員ら個人による自主的な報告が行われたとしても、当該個人はNPAを獲得できないことになります。これは、企業から見たときも同様であり、司法省に対する企業による違法行為の申告が、企業執行指針による恩典の対象となるためには、当該申告が「公表又は政府による捜査の差し迫った脅威に先だって」(“prior to an imminent threat of disclosure or government investigation”)行われる必要があるとされており(企業執行指針5. a.)、違法行為に関して個人による司法省への自主的な報告や通報が行われた後で行われたとしても、企業による申告は「自主的な報告」としては扱われない可能性が高いと考えられます。
したがって、日本企業を含めてグローバルに事業活動を行う企業が、自社の違法行為について司法省への自主的な報告を行い、企業執行指針上の恩典を獲得するためには、役職員等の個人による自主的な報告が行われるよりも前に、司法省への申告を行う必要があることになります。しかし、一般に、企業が自主的な報告を行うことができる状態まで違法行為に関する事実関係を把握できるのは、社内調査が一定程度進んだ段階であると考えられるため、企業は違法行為について知識を有する役職員ら個人と比べて、“自主的な報告の競争関係”において不利な立場にあるとも考えられます。そのため、例えば社内調査の過程で違法行為に関与した役職員へのインタビュー等を行い、それら役職員が企業によって違法行為が把握される危険が生じていることを認識した場合には、企業による自主的な報告に先立って、役職員ら個人による司法省への自主的な報告が行われてしまう可能性があるといえます。
このような事態が生じた場合、企業が自浄作用を発揮して自ら違法行為を調査し、それを司法省に申告しても、恩典の対象とならないことになり、企業にとっては少々酷とも思える結論となってしまうことから、その取扱い次第では、企業がプロアクティブに調査を行うインセンティブをかえって下げてしまうおそれがあるように思われます。このような場合において、司法省によって具体的にどのような対応がなされるかについては、現時点では明らかではありませんが、自主報告パイロットプログラムは「違法行為を最初に政府に報告した者にインセンティブを与えることで、企業を含む全ての者に違法行為を知ったらすぐに報告するようプレッシャーをかける」ものであるという発表内容※7に照らすと、司法省は、役職員ら個人による自主的な報告が先行した結果、社内調査を行っていた企業に恩典が与えられないこととなっても、ある意味では仕方がないことと考えている可能性があります※8。
したがって、日本企業を含む、グローバルに事業活動を行う企業としては、今後、自主報告パイロットプログラムの対象犯罪となる可能性がある行為を認知した場合には、その進め方次第では役職員ら個人による自主的な報告を招く可能性があることも考慮し、企業自身による自主的な報告のタイミングや適切な社内調査の方法等について、より慎重かつ戦略的な対応をとる必要があると考えられます。
※1
司法省 “Criminal Division’s Voluntary Self-Disclosures Pilot Program for Individuals” 2024年4月22日, https://www.justice.gov/opa/blog/criminal-divisions-voluntary-self-disclosures-pilot-program-individuals
※2
詳細については2022年10月発行の「企業犯罪執行の強化に関する米国司法省の新たな指針」(NO&T Compliance Legal Update ―危機管理・コンプライアンスニュースレター No.70)、2023年4月発行の「米国司法省による環境規制違反に関する自主申告ポリシーの改定」(NO&T Compliance Legal Update ―危機管理・コンプライアンスニュースレター No.74)等をご参照ください。
※3
司法省 “Assistant Attorney General Kenneth A. Polite, Jr. Delivers Remarks on Revisions to the Criminal Division’s Corporate Enforcement Policy” 2023年1月17日, https://www.justice.gov/opa/speech/assistant-attorney-general-kenneth-polite-jr-delivers-remarks-georgetown-university-law
※4
司法省は、2024年3月7日から90日間の検討を経て、新しい通報報奨プログラムの実施を計画している旨、発表しており、同年6月頃には同プログラムが公表される可能性があります。司法省 “Deputy Attorney General Lisa Monaco Delivers Keynote Remarks at the American Bar Association’s 39th National Institute on White Collar Crime” 2024年3月7日, https://www.justice.gov/opa/speech/deputy-attorney-general-lisa-monaco-delivers-keynote-remarks-american-bar-associations
※5
なお、自主報告パイロットプログラムでは、同プログラムが示す条件を満たさない場合であっても、訴追裁量に基づき、従前の司法マニュアルや刑事局の手続に従ってNPAが提示されることがあり得ることが明示されています。
※6
直接の契約相手方が米国政府等でない場合でも、例えば、違反行為に関連する製品の仕様や価格等に関する交渉等が米国政府等に対して行われている場合のように、実質的に見て米国政府等に対する詐欺や欺罔行為に該当し得る事情がある場合には、この対象となる可能性がある点に注意が必要と考えます。
※7
前掲注1
※8
なお、司法省は、企業執行指針の中で、「企業が内部調査を実施することを選択した場合、内部調査が完了していなくても、可能な限り早い時期に違法行為の可能性を自主的に報告することを奨励する」という立場を明らかにしています(企業執行指針5. a.)。
本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。
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