
村治能宗 Yoshimune Muraji
パートナー
東京
NO&T Infrastructure, Energy & Environment Legal Update インフラ・エネルギー・環境ニュースレター
ニュースレター
企業価値担保権制度の概要(2024年5月)
企業価値担保権※1の導入に係る事業性融資の推進等に関する法律(「法」)の成立から約半年が経過し、2026年春頃の制度の施行に向けて、現在、政府令等の整備等が進められている※2。企業価値担保権は、元々は有形資産に乏しいスタートアップ等への融資を円滑化することに主眼のある制度だが、多方面でその活用可能性の議論が開始されている。その中でも、プロジェクトファイナンスは特に注目度の高い分野の一つといえる。これは、プロジェクトファイナンスにおいては「全資産担保」が原則とされていることから、企業価値担保権との親和性が高いと考えられることや、再生可能エネルギー電気の利用の促進に関する特別措置法(「再エネ特措法」)に基づく固定価格買取制度の縮小に伴いとりわけエネルギー分野におけるプロジェクトファイナンスの対象となるプロジェクトが多様化を見せる中、セキュリティ・パッケージについて新たなニーズが生じているところにもよるところがあると考えられる。
プロジェクトファイナンスにおける企業価値担保権の採用を考えるにあたっては、これまでの実務の正しい理解に基づき、企業価値担保権の利用がその課題の克服に資するのかどうか、及び、昨今発生して来ている、また近い将来発生することが想定されている新たなニーズにとってそれが何らかのメリットをもたらすのか、という視点が必要になると考えられる。そこで、本稿では、セキュリティ・パッケージの実務的機能に焦点を当てて、その活用の意義について検討する。※3
なお、本稿においては、特に言及がない限り、実質的な事業主体(「スポンサー」)が出資して特別目的会社(「借入人SPC」)を設立し、借入人SPCにて太陽光発電設備を開発・設置し、その運転により発生した電力等を供給先(「オフテイカー」)に供給することで収入を得るという、標準的な太陽光発電プロジェクトに対するプロジェクトファイナンスを念頭に置くこととする。そこでは、借入人のエクイティ持分(株式、社員持分等)に対する担保権の設定と、借入人の保有する全資産(発電設備等の動産、土地又はその利用権※4、各種債権(発電設備の建設に係る工事請負契約や維持管理・保守に係る業務委託契約等のプロジェクト関連契約に基づく債権、保険金請求権、預金債権等)及びプロジェクト関連契約上の地位)に対する担保権等の設定がなされる※5。
プロジェクトファイナンスにおいては「全資産担保」が採用される。これは、プロジェクトファイナンスにおける融資元利金等の返済は、一体としてのプロジェクトが当初予定された期間、予定されたとおりに継続することによってはじめて達成し得るためである。何らかの理由によりプロジェクトが立ちゆかなくなった場合、レンダーとしては、その主導の下、プロジェクトが立ちゆかなくなった要因となっている仕組み上の問題点を除去した上で、新たな体制の下でプロジェクトを継続することを志向することとなる(かかる作用を、一般に「ステップ・イン」という。)。
プロジェクトファイナンスにおけるセキュリティ・パッケージには二つの機能が期待されている。一つは、ステップ・インをレンダー主導により強制的に実現することであり、このために、借入人SPCのエクイティ持分及び借入人SPCの保有する全資産に対する担保権等の設定がなされる(「積極的機能」)。もう一つは、プロジェクトのための個々の資産が差押等によりプロジェクトから逸出してしまっては、プロジェクトを継続すること(ステップ・インの目的達成を含む。)できないことから、そうした差押等に対する防御策として機能することである(「防御的機能」)。
ステップ・インを必要とする場面において、レンダーとして第一義的に志向するのは、借入人SPCのエクイティ持分についての担保権の実行である。なぜならば、エクイティ持分の移転による場合、エクイティ持分をコントロール下に置くことにより、プロジェクトの主導権を握り、リストラクチャリングが可能になると思われるが、そのために借入人SPC自体の法的な状態には何ら手を加える必要はないためである※6。例えば、借入人SPCがプロジェクトに関して何らかの許認可等を有している場合にも、それを移転する必要性は生じないし、借入人SPCが第三者との間で締結している契約上の地位も借入人SPCにそのまま止まるから、第三債務者の承諾取得といった事務手続も不要である。そのため、取引コストを低減させ、融資元利金等の回収率を上昇させることができると考えられる。
エクイティ持分についての担保権実行ができない場合※7、担保権者としては、借入人SPCの保有する全資産を、再建のための別のエンティティ(「新SPC」)に承継させることを目指すこととなる。
① 借入人SPCの協力を前提としない方法
担保権等の実行は、借入人SPCのデフォルトを前提としてなされるものであるから、当該実行について借入人SPCの協力を得ることができない場合も想定される。想定される承継対象毎に分けて見て行く。
但し、以上について、借入人SPCに法的倒産手続が開始されている場合、制限がある可能性がある。
まず、借入人SPCに法的倒産手続が開始された場合、そもそも、担保権ではない契約上の地位の譲渡に係る予約完結権は、法的倒産手続との関係でどのように効力を生じ得るであろうか。
予約完結権行使が倒産手続開始前である場合、借入人SPCと新SPCとの間で譲渡契約が成立し、契約相手方の承諾をもって(予めの承諾が有効に機能する場合を含む。)、契約上の地位移転の効果が発生することに疑いはない。もっとも、譲渡契約の締結後、契約相手方の承諾が得られる前に借入人SPCに倒産手続が発生したときに、成立した譲渡契約が倒産手続上どのように取り扱われるかは、当該譲渡契約に基づき借入人SPCの側に履行の問題(借入人SPC側の債務)が残るか次第であり※9、新SPCが契約上の地位の移転を受けることができない可能性も完全には否定できない。
予約完結権行使が倒産手続開始後の場合、予約完結権は形成権であると解釈されているため、管財人等と新SPCとの間で契約上の地位の譲渡契約が成立すると考えられる。ここでも、管財人等に履行の問題(管財人等の側の債務)が残ると考えられる場合、それに対応する新SPCの債権は倒産手続開始前の原因に基づき発生した債権として倒産債権となり、新SPCが契約上の地位の移転を受けることができない可能性が残る。
予約完結権行使によって契約上の地位の譲渡契約が有効に成立し、かつ、倒産手続開始前に履行されたとしても、その後に借入人SPCに開始された倒産手続との関係で当該移転が否認されるリスクはないであろうか。問題は予約完結権行使により成立した譲渡契約の履行が借入人SPCの一般債権者を害する性質を有するか否かという点となる※11。
この点、否認リスクの存在を指摘する文献もある※12。しかしながら、予約完結権行使に伴う契約上の地位の借入人SPCからの流出は、レンダーによるプロジェクトファイナンス供与の代償として、借入人SPCに信用悪化が生じるよりも前の、予約契約締結の時点において既に潜在的には生じているのであるから、予約完結権行使自体によって新たな財産流出が生じるものではないとの見方もあり得るものと思われる。むしろ、予約完結権の設定が担保目的にてなされることからすれば、担保権の設定及び実行に類する取扱いがなされるべきであり、担保権の設定が否認の対象でない限り実行について否認が問題とされないのと同様、予約完結権の行使及び契約上の地位の移転は否認の対象にはならないと考えたい。
もっとも、以上のようにして個別資産の承継を試みる場合、レンダーとして、実際上どのようにして債権回収を行うのか、という問題がある。純粋に個別資産毎に換価処分又は評価を行った場合、ステップ・インにおいて志向するところのプロジェクトからの将来キャッシュ・フローをそれらに反映することは容易でないように思われる。実務上は、新SPCに出資する新スポンサーとレンダーとの間において、新スポンサーが個別資産を取得し、個別資産の価値を超える部分についても新スポンサーからレンダーに対して追加的な対価として支払いをなすべきことを合意するといった方法をとることが考えられるが、この点の実務が確定されているものではない。
また、プロジェクトにおいては、何らかの許認可等を取得している可能性があるが、これについては担保権設定手段がなく、その移転につき既存の許認可等の取得・履践主体の協力が必要なものについては、借入人SPCの協力を得るか、あるいは、新たな取得が可能なものについては、新たに取得する方法によるほかない。
そうすると、従来型の「全資産担保」の方法は実務上最大限可能な手段をまとめた合理的な仕組みであることに異論はないが、借入人SPCの協力を得ずにプロジェクト関連資産全部を新SPCに承継させることについての実務上のハードルは低くはないものと思われる。
② 実務的には借入人SPCの協力を得ることができるのがベストシナリオである
上記①に述べたようなこともあって、プロジェクトに係る全資産を借入人SPCから新SPCに承継させる方法としては、会社分割や事業譲渡を用いることができることが望ましい。これらの手続による場合、新SPCにおいてはエクイティ持分に設定された担保権の実行の場合と同様、新SPCにおけるプロジェクトの継続を前提として価格を算定の上、新スポンサーのエクイティ拠出金及び新SPCが借入れを行うローンの実行手取り金をもって、借入人SPCに対して算定された価格相当額の対価を支払うこととなる。担保権者は当該支払対価を原資として既存融資に係る元利金等の返済を受けることになるものと思われる。
もっとも、これらの手続は、借入人SPCの積極的行為を必要とするため、借入人SPCが実質的に機能していない場合には円滑に進まないことがあり得る。また、これらの手続にエクイティ・ホルダーの承認を要する場合※13、借入人SPCのエクイティ持分に設定された担保権の実行に非協力的なスポンサー(管財人等)が会社分割や事業譲渡に協力してくれることは期待できない可能性がある。
また、会社分割や事業譲渡において、一定の債務を借入人SPCに取り残すとすれば、それについて、会社分割や事業譲渡実行後の借入人SPCの法的倒産手続における否認権行使の可能性に配慮する必要があると思われる※14。借入人SPCの下に取り残された債権者にとって、会社分割や事業譲渡後にその引当となる財産は実質的に存在しない可能性が高いためである。
担保権が設定された個別の資産に着目すると、倒産手続において当該担保権を実行できる限りにおいては、会社分割や事業譲渡により当該資産を新SPCに承継させたとしても、倒産財団の減少は見られないようにも思われる。しかしながら、会社分割や事業譲渡においては、新SPCにおけるプロジェクトの継続を前提とした価格評価がなされるはずであり、借入人SPCの下に取り残された一般債権者の目からみれば、会社分割や事業譲渡により、担保権が設定された個別の資産の価値を超える財産流出があったと評価されることとなる。そうすると、借入人SPCにおけるそれらによる手取り金のうち個別資産の担保価値の合計を超える部分をレンダーに支払った行為が、偏頗弁済として否認権行使の対象とされる可能性があると考えられる※15。
以上のとおり、従来型「全資産担保」における資産譲渡の方法によるステップ・インの方法として、会社分割や事業譲渡の方法によることは有用であり、レンダーとしては第一義的にそれを志向することになると考えられるものの、それについては実務上一定のハードルと留意点がある状況にあるといえる。
次に、「防御的機能」について、現実にはどのように機能することが期待されているのであろうか。借入人SPCに法的倒産手続が開始された場合と、借入人SPCの資産に差押等がなされた場合について見ていきたい※16。
破産手続及び民事再生手続においては、適式に対抗要件具備がなされた担保権は、原則として、別除権として手続外にて行使することが可能であるため※17、これらの手続の開始にかかわらず、資産譲渡の方法によるステップ・インの対象とすることができる。したがって、かかる担保権設定は、これらの手続に対する防御的機能を果たすといえる。会社更生手続においては、担保権の被担保債権が更生担保権として取り扱われ、当該担保権を手続外で行使することはできない※18。それゆえ、同手続の適用のある株式会社が借入人SPCとして用いられる例は稀である。
債権者が、第三者のために抵当権が設定された不動産を差し押さえ、これについて強制執行を行うことは可能である。この場合、抵当権者は、特に申立を行わなくとも、当該強制執行手続にて、その対抗要件の順位に従い配当を受けることとなるが、望まない時期に不完全な債権回収を強いられることとなる。そこで、民事執行法上、執行裁判所は、買受可能価額を基礎としつつ手続費用及び優先債権を考慮して、売却代金から差押債権者が満足を受けられるだけの剰余が出る可能性の有無を判断し、剰余が出ないと判断する場合には、原則として競売手続を取り消すこととなっている(無剰余措置)※19。
そのため、多額の融資元本額が残る、プロジェクトの大半の期間は、対抗要件が具備された不動産抵当権が「あるだけ」で差押等を実質的に防ぐことができると考えられる。他方で、プロジェクトが終期に迫り、土地の換価処分価値よりも債権額が小さくなっている時点は、想定しない時期に土地の換価処分がなされ得ることになるが、その場合、要するに土地の換価処分代金によって債権満額の返済がなされるのであるから、特に問題はないであろう。
債権質権が設定された債権を第三者が差し押さえても、質権は影響を受けない。すなわち、差押債権者が第三債務者に対して請求を行っても、転付命令に基づく債権の取得を主張する者がそれを行使しようとしても、質権者は引き続きいつでも質権を実行できる。また、万一差押債権者が支払いを受けてしまったとしても、第三債務者に対して支払い(二重払い)を請求し得る。したがって、やはり、債権質権の設定を受け、債務者及び第三者対抗要件を具備しておくこと「のみをもって」差押えリスクに対して防御的機能を生じることとなる。
動産譲渡担保の場合、かつては峻烈な解釈論の対立が見られたが、判例及び通説によれば、差押えがなされても、所有者が自己であるとして第三者異議の訴え※20により差押の効力を否定し、競売を阻止することが可能である。そもそも、動産差押えは執行官による占有又は動産自体についての差押えの表示を経ることから、知らぬ間に手続が進んでしまうということは考え難い。不動産や債権の場合と比較して、積極的に差押えの効力を争いにいかなければならないという煩雑性はあるが、終局的な財産の流出はやはり阻止することができると考えられる。
発電プロジェクトの多様化に伴い、プロジェクトファイナンスのセキュリティ・パッケージを取り巻くニーズも変わって来ている。このうち、本稿のテーマと関係が深いものを二点挙げる。
国土面積が狭い本邦において、いわゆるメガソーラーに適した立地の確保が限界に近づき、とりわけ太陽光発電分野については、数十、数百、あるいは数千という数の低圧の太陽光発電設備をひとまとめにした発電プロジェクトが数を増している(「分散型」、「ポートフォリオ型」などと呼称される。)。こうした発電プロジェクトにおいては、例えば事業用地として使用される土地や、それに設定された賃借権等の権利は非常に多数にわたる。発電設備についても、それぞれについて工場財団を組成することは現実的でなく、動産譲渡登記すら多大な負担となる可能性がある。そのため、こうしたプロジェクトにおいて従来型の「全資産担保」の維持に固執することはプラクティカルでない。
このような中、一部のプロジェクトにおいては、セキュリティ・パッケージを簡素化する試みが見られる。もちろん、セキュリティ・パッケージの簡素化を採り入れるためには、従来型の「全資産担保」と比較して、レンダーが不利益な立場に置かれることとならないよう、必要な法的分析と仕組みの構築が必須である。かかる仕組みの一つとして、例えば発電設備の立地についての一定の基準を設けるとすると、それだけ事業用地は限定されることとなる。このような制約を要することなく、かつレンダーのリスクを増加させることのないセキュリティ・パッケージを構築することができれば、この種のプロジェクトの推進に有益といえよう。
今後中長期にわたり本邦再生可能エネルギー・プロジェクトの中心を担うことが期待されている洋上風力発電プロジェクトにおいては、風車、ケーブル等が海面又は海中に設置されるという特殊性があり、こうした設備についてどのように担保権を設定するかが論じられている。この点、有力視されているのは動産※21譲渡担保権の利用、又は、地上に所在する変電設備等を工場の場所として洋上の設備までを一体として工場財団に含め、かかる工場財団に抵当権を設定する方法が提唱されるが、この点の実務は確立されていない※22。洋上風力発電プロジェクトの発展のためには、多額の融資を行うレンダーとして十分なプロテクションを得られるセキュリティ・パッケージを利用できることが望ましいといえる。
I.で見た従来型「全資産担保」の認識と、II.で見た新たなトレンドを踏まえたとき、企業価値担保権はどのように位置づけられることになるであろうか。
まずもって、企業価値担保権は、「債務者の総財産」を対象とするものであるから(法7条1項)、プロジェクトファイナンスにおける原則である「全資産担保」をそのまま達成できる。それどころかむしろ、以下の点で従来型の「全資産担保」よりもより強い意味で、「全資産」を把握しやすい可能性がある。
企業価値担保権においては、事業譲渡の対価から、担保権者たるレンダーに対する支払いに先立ち、債務者の一般債権者等のために、不特定被担保債権留保額が取り置かれる(法8条2項1号ハ)。また、企業価値担保権の実行手続中において、「債務者の事業の継続、債務者の取引先の保護その他の実行手続の公正な実施に必要がある」債権について、裁判所の許可を条件として、比較的広範な支払いが認められている(法93条2項)※23。
これらにより、それらに充てられた金額だけ、レンダーの被担保債権の回収に充てられる金額は小さくなるのであり、回収率を悪化させる可能性を否定できない※24。しかしながら、プロジェクトファイナンスにおいては、プロジェクトの継続こそがその債権回収のよりどころであることから、借入人SPCにおける新契約締結や債務負担に厳密な制限を加えることを前提として、当初より、融資可能額について、将来の想定収入額からプロジェクトに必要な公租公課、営業費用等の想定支出額を控除した金額に基づき、これに一定のバッファをみて決定する手法が用いられる。また、融資契約上も、これら公租公課、営業費用等はレンダーに対する債務の弁済に先立って行われる仕組み(「資金管理ルール」)が構築される。そうすると、ステップ・インの場面においても、これらに先立って弁済すべき事業関連債務の弁済は行った上でプロジェクトの再建を行うことに合理性があると考えられ、プロジェクトファイナンスにおいては、不特定被担保債権留保額等についてレンダーの債権よりも優先的な取扱いがなされることについて、比較的許容度があるといえるのではないだろうか。
企業価値担保権の利用における一般的な留意点として、担保目的財産に対する強制執行、仮差押、仮処分、担保権の実行若しくは競売又は企業担保権の実行に対しては、当該強制執行等が「債務者の事業の継続に支障を来す場合」以外には、異議の主張ができない点(法19条1項)が指摘される。この点、プロジェクトファイナンスにおいては、借入人SPCは、融資の対象となるプロジェクトを行うこと以外は禁止されることから、そもそもその保有資産であって逸出により「事業の継続に支障を来す」ことがないものが想定し難く、したがって、強制執行等に対する防御が効かないということは実務上あまり考えられないように思われる。
また、プロジェクトファイナンスにおいては、契約上の債権者が限定されており、かつ、上述のとおり、資金管理ルール上これらの債権者に対する弁済は優先されていることから、これらの債権者に対する支払いが滞り、強制執行等の申立がなされる可能性自体が低減されているといえる。
企業価値担保権の法的実行手続は、事業譲渡の方式により行われ、これについて株主総会決議は不要とされる(法157条1項、6項)。もちろん、法的実行手続の手間やコストを考えると、実務上は任意の事業譲渡又は会社分割の方法が模索されることになると思われるが、究極的に、法的実行手続において株主総会決議が不要であることは、例えばスポンサーが非協力的であったり、これについて会社更生手続が係属している場合などにも事業譲渡を実行できる点で、安心感がある。
また、企業価値担保権の対象は「債務者の総財産」であるから、従来型の「全資産担保」の下で、担保権実行に代わる任意の会社分割や事業譲渡を行った場合について、個別の担保対象財産の価値の合算以上の財産流出が認められるのではないかとの懸念(前記I.2(1)b.②B)参照)も妥当し難いように思われる。但し、厳密にみれば、企業価値担保権者が把握している担保価値は「債務者の総財産」から不特定被担保債権留保額を控除した部分であるという見方が正しいとも考えられ、そうであるとすると、例えば、法的実行手続によらない任意の会社分割や事業譲渡の対価の全部を担保権者の債権に充当しようとすると、否認の問題が生じる可能性を否定できないように思われる。
さらに、法は、法的実行手続としての事業譲渡に際し、裁判所の関与の下、許認可等の承継について、行政庁の意見を聴いた上で、行政庁から反対の意見が述べられなかった場合に承継許可がなされる仕組みを導入している(法159条)※25。許認可等が自動的に承継されるような強い仕組みではないまでも、このように制度的な枠組みがあることにより、許認可等の承継の確度は高まるものと思われる。
以上のほかにも、従来型の「全資産担保」方式と比較した企業価値担保権の一般的メリットとして、担保関連のドキュメンテーションのボリュームを限定し得ること、対抗要件具備手続が簡易であること(債務者の商業登記簿への登記(法15条))、登録免許税が安価であること(1件3万円(法附則9条による改正後の登録免許税法別表第1第6号の2))などが挙げられる。
また、従来型の「全資産担保」の下では、シンジケーションに際して、各種担保権につき、債権質に係る第三債務者の承諾書の取得を含む担保権移転・対抗要件具備手続を行う実務となっている。これに対し、企業価値担保権においては、セキュリティ・トラストの仕組みが用いられ、被担保債権の譲受人が原則として自動的に特定被担保債権者となるため(法6条4項1号)、かかる事務の負担を最低限に止めることができ、ローン債権の流動性に資するものと思われる。
以上のように、プロジェクトファイナンスにおける企業価値担保権の活用には少なくないメリットがあると考えられるが、その利用に際しては、例えば、以下のような点に留意する必要があると考えられる※26。
また、担保目的物の処分については、法20条3項にて、同条2項に反した処分を原則無効としつつも、処分の相手方が故意又は重過失によりそれを知らなかったときには、当該処分の相手方が保護される(結果として借入人SPCは当該担保目的物の所有権を失う)こととされている点にも注意を要する。従来型「全資産担保」に利用される個別の担保権は、債務者の処分によっても消滅することがないことと比較して、万一処分がなされた場合のプロテクションが弱いという見方もできる。この関係でも重複担保権の設定が意味をもち得るものと考えられる。
企業価値担保権について、現状政府令の制定が完了していないほか、より実務的な様々な側面における議論は未だ途上にあるといえるが、プロジェクトファイナンスにおける活用の観点からは、例えば、以下のような課題があると考えられる。
※1
企業価値担保権の概要については、月岡崇・大野一行「企業価値担保権制度の概要」(NO&T Finance Law Update~金融かわら版~2024年5月)を参照されたい。本稿においては、紙面の制約から、同ニュースレターにおいて紹介された企業価値担保権の基本的な構造についてあらためて立ち入ることは行わない。
※2
金融庁「2024事務年度 金融行政方針」II.1.(3)②。
※3
本稿執筆にあたっては、弊事務所の三上二郎弁護士及び大野一行弁護士より貴重な助言を受けた。もっとも、本稿で取りあげる論点については、理論上又は実務上確立した解釈や取扱いがないものが少なくなく含まれ、それらについての考え方は筆者の私見に止まる。
※4
地上権、賃借権又は地役権によることも多いが、本稿では、簡素化のため、所有権を前提とする。
※5
本稿の目的上、詳細に立ち入らないが、例えば、三上二郎・勝山輝一「再生可能エネルギープロジェクトに対するファイナンスにおける担保権の取得方法」(銀行法務21・No.753)38頁以下等を参照のこと。
※6
もちろん、借入人SPCが当事者となる各種の契約関係において、そのエクイティ・ホルダーの変更が相手方による契約解除その他のイベントの発生原因となるべき条項(いわゆるチェンジ・オブ・コントロール条項)があるかは確認する必要がある。いうまでもなく、そうした条項の存在を許容しない(あるいは、ステップ・インの場合を除外する。)よう、案件組成時におけるプロジェクト関連契約のレビューにおいて留意すべきであろう。
※7
スポンサーが株式会社である場合に、これに会社更生手続が開始されたとき、エクイティ持分に設定された担保権の被担保債権が更生担保権となり、当該担保権が会社更生手続外にて行使できないことが考えられる。
※8
動産及び債権の譲渡の対抗要件に関する民法の特例等に関する法律3条2項。
※9
契約上の地位の移転の効力が、譲渡人及び譲受人の合意と契約相手方の承諾をもって生じることからすれば(民法539条の2)、履行の問題(借入人SPC側の債務)は残らないと考えるのが合理的であると思われるが、関連する契約の内容次第ともいえる。借入人SPCの債務が残っている場合、譲渡契約が有償であるか無償であるか(担保権のアナロジーで考えた場合、新SPCが借入人SPCに対価を支払い、それが融資元利金等の返済に充てられるケースも想定し得る。)によって、双方未履行の双務契約として管財人等において解除権を有することとなるか(破産法53条、民事再生法49条、会社更生法61条)、片務契約として新SPCが借入人SPCに対して有する契約上の地位移転請求権が倒産債権となるかのいずれかになると思われる。
※10
理論的には、借入人SPCに対する債権者による詐害行為取消権(民法424条以下)行使もあり得るが、本稿の目的上、省略する。基本的には否認権行使に準ずる分析が可能と思われる。
※11
破産法160条、民事再生法127条、会社更生法86条。
※12
森・濱田松本法律事務所『発電プロジェクトの契約実務〔第2版〕』(商事法務)150頁。
※13
株式会社の場合、会社分割(吸収分割の場合)について会社法783条1項、事業譲渡について同法467条。持分会社の会社分割(吸収分割)について会社法793条1項。ただ、持分会社においてはいずれにしても会社の意思決定は社員が行う。
※14
事業譲渡については会社法23条の2、会社分割については同法759条4項、761条4項の適用も問題となる。
※15
破産法162条、民事再生法127条の3、会社更生法86条の3。
※16
なお、契約上の地位の譲渡予約についてはそもそも担保権ではなく「防御的機能」は観念できない(逆にいえば、契約上の地位について差押等がなされることもない。)。
※17
破産法65条1項、民事再生法53条2項。
※18
会社更生法2条10項。
※19
民事執行法63条。
※20
民事執行法38条。
※21
いわゆる「着床式」の場合、海は所有権の客体たる「土地」に該当しないため(最判昭和61年12月16日民集40巻7号1236号)、その設置をもって当該設備が「土地及びその定着物」として不動産(民法86条1項)に該当することはないと考えられる。
※22
長島・大野・常松法律事務所カーボンニュートラル・プラクティスチーム『カーボンニュートラル法務』(金融財政事情研究会)119頁ほか。
※23
これは、例えば、開始前の原材料の仕入れに係る債権に不払いがあった場合において、事業継続上、その原材料の供給元からの調達を継続したいときには、開始前の債権についても事実上支払いを行わざるを得ない場合などを想定している(水谷登美男ら「事業性融資の推進等に関する法律の概要(下)―企業価値担保権を中心に」(NBL・No.1271)30頁ほか)。
※24
他方で、法93条2項に基づく許可弁済により、企業価値担保権の実行手続中であっても、債務者の企業価値を維持することが可能となるという評価もあり得る。
※25
会社更正法187条、199条2項6号、231条と類似する規定である。
※26
本文記載のもののほか、譲渡制限特約付債権について企業価値担保権を設定した場合に原因契約の違反が生じてしまい得ることや、外国法準拠の契約に基づく債権に企業価値担保権の効力が及ぶかという問題点も指摘される(佐藤知紘・山元明「プロジェクト・ファイナンスにおける企業価値担保権の活用可能性」(銀行法務21・No.920)23頁以下)。
※27
民法467条。
※28
企業価値担保権の法的実行は事業譲渡の方法により行われるが、それゆえ、契約関係の承継には契約相手方の承諾が必要であり、例えば、事前の承諾や承諾付与義務負担の合意といった現行のプラクティスにおける承諾書取得の意義はそのまま妥当するものと思われる。
※29
なお、企業価値担保権の特定被担保債権者(レンダー)は、企業価値担保権の被担保債権と同一の債権を被担保債権として設定された担保権(重複担保権)を実行することはできない(法11条)。
※30
「平時における担保権者の権限行使や債務不履行発生時の担保権実行等は、基本的には事業性に着目した融資を担う与信者が最も適切に判断できると考えられることから、当該受託者に求められる信託事務は、現実的には、受益者(与信者)の意思を確認するなど、ある程度定型的に行動すれば足りるものが多いと考えられる。また、もう一方の受益者(一般債権者等)のために、事業成長担保権の実行手続において、その取り分を確保し、給付するという一連の事務についても、ある程度定型的なものとなることが考えられる。」(金融審議会「事業性に着目した融資実務を支える制度のあり方等に関するワーキング・グループ 報告」(2023年2月10日)11頁)という想定である。
本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。
(2025年1月)
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内海健司、齋藤理、鈴木謙輔、洞口信一郎、鳥巣正憲、滝沢由佳(インタビュー)
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日本経済新聞出版 (2024年9月)
石塚洋之、須田英明、水越恭平(共著)
村治能宗
(2024年11月)
平野倫太郎、吉村浩一郎、村治能宗(共著)
(2024年10月)
勝山輝一、河相早織、水野陽清(共著)
(2024年10月)
勝山輝一、河相早織、水野陽清(共著)
木村聡輔、斉藤元樹、糸川貴視、水越恭平、宮下優一、北川貴広(共著)
村治能宗
(2024年12月)
宮城栄司、加藤志郎、北川貴広(共著)
平野倫太郎、青野美沙希(共著)
村治能宗
(2024年12月)
宮城栄司、加藤志郎、北川貴広(共著)
平野倫太郎、青野美沙希(共著)
(2024年11月)
杉本花織
村治能宗
平野倫太郎、青野美沙希(共著)
(2024年11月)
平野倫太郎、吉村浩一郎、村治能宗(共著)
(2024年11月)
本田圭(コメント)