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企業におけるDEI(多様性)施策の転換を迫る米大統領令の発令と仮差止命令

NO&T U.S. Law Update 米国最新法律情報

※本ニュースレターは情報提供目的で作成されており、法的助言ではありませんのでご留意ください。また、本ニュースレターは発行日(作成日)時点の情報に基づいており、その時点後の情報は反映されておりません。特に、速報の場合には、その性格上、現状の解釈・慣行と異なる場合がありますので、ご留意ください。

はじめに

 トランプ大統領は、2025年1月21日、「違法な差別の撤廃と実力に応じた機会の回復(Ending Illegal Discrimination and Restoring Merit-Based Opportunity)※1」と称する第14173大統領令※2(Executive Order 14173)(以下「本大統領令」といいます。)に署名しました。従来、米国においては、多くの企業が、「多様性、公平性及び包摂性(diversity, equity, and inclusion)」(以下「DEI」といいます。)推進のために、マイノリティー人材登用の目標数値の設定、報酬決定基準への「多様性」要素の導入等を行ってきましたが、本大統領令への署名により、少なくとも連邦政府機関と取引のある企業及び助成金を受領している企業は、DEIに関して実施している取組みについて大きな転換を迫られることになりました。その後、2025年2月21日、メリーランド州連邦地方裁判所は、本大統領令について、米国全土を対象とする仮差止命令(preliminary injunction)(以下「本仮差止命令」といいます。)を発出しましたが、2025年2月24日、トランプ政権は、本仮差止命令につき控訴をしました※3

 そこで、本ニュースレターでは、本大統領令及び本仮差止命令の主な内容を解説するとともに、今後、米国で事業活動を行う企業がDEIに関する取組みにおいて留意すべきポイントを考察します。

本大統領令の概要

  • 本大統領令の第1条において、トランプ大統領は、前政権がDEI又はDEIA(diversity, equity, inclusion, and accessibility)の名の下に推進してきた人種及び性別に基づく優遇に関する取組みは公民権(civil rights)を侵害しうる「危険、屈辱的かつ非道徳的(dangerous, demeaning, and immoral)」なものであり、差別撤廃に向けたDEI推進の動きこそが、差別的であり不平等であると批判しています。雇用に際して、個人の実力、適性、努力及び決断に重きが置かれず、その生まれによって評価、優先され、それが違法な差別を招いているとしています。
  • 本大統領令に関連するFact Sheet※4によれば、現政権は、人種中立的(colorblind)な職場を目標とし、少なくとも連邦政府の雇用に関しては、DEI関連の指標は考慮しないこととしています。なお、本大統領令の署名日の前日には別の大統領令※5が署名されており、連邦政府機関における「違法」なDEIプログラムの終了が命じられています。
  • 本大統領令の第3条により、連邦政府の取引先及び下請先に対して、女性及びマイノリティーの平等な雇用機会確保のためのアファーマティブアクションを実施することを義務付けていた第11246大統領令(Executive Order 11246、1965年施行)が廃止されました。また、連邦政府の取引先(federal contractor)及びその下請先(subcontractor)は、2025年3月21日以降、雇用に際して人種、肌の色、性別、性的指向、宗教又は国籍を考慮してはならないとされ、連邦政府との契約に際して、反差別に関する連邦法に違反するDEIを推進するプログラム※6を実施していないことを認証すること(以下「本認証条項」といいます。)が求められます
  • 本大統領令の第4条は、各機関の長官に対して、司法長官(Attorney General)の協力の下、プライベートセクターにおけるDEIに関する取組みを含む「違法」な差別及び優遇の撤廃を促すために必要な措置をとることを命じています(以下「本執行強制条項」といいます。)。さらに、司法長官に対して、120日以内に、各機関の長官及び行政管理予算局(Office of Management and Budget)局長と協議の上、プライベートセクターにおける「違法」な差別及び優遇を撤廃するための推奨事項をまとめたレポートを大統領に提出することを命じています。当該レポートにおいては、各機関の管轄内における、①懸念される主要なセクター、②当該懸念されるセクターにおける最も悪質で差別的なDEIに関する取組み、③違法な差別又は優遇となるDEIに関する取組みを抑止するための具体的施策、④公民権に関する連邦法の遵守を推奨するための他の施策、⑤連邦政府による潜在的な訴訟提起の可能性、及び⑥潜在的な行政上の措置を特定する必要があるとされています。また、各機関は、③の具体的施策特定の一環として、最大9件の潜在的な民事コンプライアンス調査対象※7を特定する必要があります。

 どのような内容のDEIに関する取組みが「違法」とされるかについては、本大統領令上では明示されておらず、上記の司法長官のレポートの内容やそれを受けた追加の法令の制定等については動向を注視する必要があると思われます。

本仮差止命令の概要

 メリーランド州連邦地方裁判所は、2025年2月21日、本大統領令等の一部の執行に関して、米国全土を対象とする本仮差止命令を発出しました。本仮差止命令は、高等教育機関のオフィサーや大学教授、ボルチモア市長等の原告が本大統領令等の違法性を争う訴訟※8(以下「本訴訟」といいます。)の中で発出されたものです※9

 裁判所は、本認証条項について、連邦政府の取引先又は助成金受領者に対して、(政府との取引とは無関係の事業活動も含めて)いかなる場合においても「DEI」を行わない旨の認証を義務付けることは、偽証罪等の責任を問われるとの脅威のもとでの言論の制限であって、憲法修正第1条により保障された言論の自由を侵害するものであると認められる可能性が高いと判示し、暫定的に差し止めました。

 また、本執行強制条項については、憲法修正第1条により保障された言論の自由に対する内容及び見解に基づく制限であると認められる可能性が高いこと、さらには、現政権が何を「違法」な「DEI」と判断するかについての基準が示されていないため曖昧であり、憲法修正第5条により保障されたデュープロセスを侵害するものであると認められる可能性が高いと判示し、暫定的に差し止めました。もっとも、司法長官に対してDEIに関する取組みを抑止するための調査及びレポート提出を求めた部分については、大統領から司法長官に対する命令にすぎないとして、仮差止めの対象から除外されています。

 トランプ政権は本仮差止命令につき控訴をしており、また、本仮差止命令を踏まえた新たな大統領令が発出される可能性も考えられます。また、本訴訟と類似の訴訟※10が他にも係属しており、引き続き一連の訴訟について注視する必要があると考えられます。

各企業への影響

 本ニュースレターの執筆時点では、本大統領令の一部について執行が停止しており、また、連邦政府機関と取引を行っておらず、助成金も受領していない民間企業に対して拘束力のある法令は存在しません。もっとも、本大統領令を受けて、DEIに関連する法律(具体的には、民間企業の雇用における、人種、性別その他の区別による差別を禁止する公民権法(Title VII of Civil Rights Act of 1964))※11の解釈や執行については変化が予想されます。

 同法を執行する雇用機会均等委員会(Equal Employment Opportunity Commission)の議長にはトランプ大統領が指名したAndrea Lucas氏が就任しているところ、同氏は、「違法」なDEIを動機とする人種・性差別の根絶(rooting out unlawful DEI-motivated race and sex discrimination)を最優先事項とすることを公言しており、雇用機会均等委員会が、人材登用や報酬決定におけるアファーマティブアクションを「違法」と判断したり、執行に積極的になったりする可能性は否定できません。また、上記のとおり、今後司法長官が大統領に対して提出するレポートにおいて潜在的な民事コンプライアンス調査対象が特定され、潜在的な訴訟提起の可能性や行政上の措置が検討されていくことに照らしても、企業の間では、逆差別的な数値設定や報酬基準を見直し、より柔軟な対応が可能な内容のプログラムの推進を重視する動きが増えていくと思われます※12

おわりに

 米国のトランプ政権下では、上記のとおりDEI政策における大幅な政策転換がみられる一方、欧州では引き続きDEIへの取組みが推進されており、日本国内においても、日本政府が東証プライム上場企業に対して2025年を目処に最低1名の女性役員を置くことを促している等、国・地域ごとに異なる方向性での対応が求められる状況になっています。

 企業のDEI施策は、企業のブランド価値としての側面とリスク管理・コンプライアンスの側面の双方が存在するため、双方のバランスをとることが求められます。米国において事業活動を行う日本企業としては、今後の米国の法規制や執行の動向を注視しつつDEIの枠組みやステークホルダーへのメッセージングを検討していく必要があると考えられます。

脚注一覧

※2
大統領令とは、大統領が連邦政府や軍に対して出す行政命令のことで、法的な拘束力を持ち、議会の承認を得ずに実施することができるものです。

※3
さらに、トランプ政権は、2025年2月25日、控訴係属中の本仮差止命令の効力停止の申立てを行いましたが、2025年3月3日に当該効力停止の申立ては棄却されています。

※5
トランプ大統領は、2025年1月20日、「過激かつ無駄な政府のDEIプログラム及び優遇の撤廃(Ending Radical and Wasteful Government DEI Programs and Preferencing)」と称する第14151大統領令(Executive Order 14151)及び「連邦雇用プロセスの改革及び政府サービスにおける実力による評価の復活(Reforming the Federal Hiring Process and Restoring Merit to Government Service)」と称する第14170大統領令(Executive Order 14170)にも署名しています。第14151大統領令は、連邦政府機関に対して、「公平性に関する(equity-related)」助成金又は契約を60日以内に終了させることを命じています。

※6
本大統領令ではどのような「DEI」が反差別に関する連邦法に「違反」するのかについては明示されておりません。

※7
上場企業、規模の大きい非営利法人又は団体、一定額以上の資産を有する財団、州又は地域の弁護士会や医師会、一定額以上の基金を有する高等教育機関が対象となっています。

※8
National Association of Diversity Officers in Higher Education v. Trump, No. 1:25-cv-00333, (D. Md. Feb. 21, 2025)

※9
本訴訟では、「過激かつ無駄な政府のDEIプログラム及び優遇の撤廃(Ending Radical and Wasteful Government DEI Programs and Preferencing)」と称する第14151大統領令(Executive Order 14151)についても争われており、その一部は本仮差止命令により差し止められています。

※10
National Urban League v. Trump, No. 1:25-cv-00471 (2025年2月19日よりDistrict of Columbia連邦地区裁判所にて係属中)等

※11
公民権法は、雇用における、人種、性別その他を理由とする差別を禁止しています。

※12
実際に、本ニュースレターの執筆時点までに、多数のグローバル企業がアファーマティブアクションの廃止やその他のDEIに関する取組みの縮小を公表しており、米国で事業活動を行う日本企業の米国部門がそのような公表を行った例もあります。

本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。


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