
塚本宏達 Hironobu Tsukamoto
パートナー(NO&T NY LLP)/オフィス共同代表
ニューヨーク
NO&T U.S. Law Update 米国最新法律情報
ニュースレター
企業におけるDEI(多様性)施策の転換を迫る米大統領令の発令と仮差止命令(2025年3月)
2025年3月19日、米国雇用機会均等委員会(U.S. Equal Employment Opportunity Commission、以下「EEOC」といいます。)及び米国司法省(U.S. Department of Justice、以下「DOJ」といいます。)は、職場におけるどのような差別が、多様性、公平性及び包摂性(diversity, equity, and inclusion、以下「DEI」といいます。)に関連する「違法」な差別に該当するかを示すために、2つの技術支援文書(technical assistance documents※1、以下「本文書」といいます。)を公表しました。先月発行の米国最新法律情報No.140「企業におけるDEI(多様性)施策の転換を迫る米大統領令の発令と仮差止命令」(2025年3月)でもご紹介したとおり、トランプ政権下ではEEOCの議長であるAndrea Lucas氏が、「違法」なDEIを動機とする人種・性差別の根絶(rooting out unlawful DEI-motivated race and sex discrimination)を最優先事項とすることを公言していたところですが、本文書は、2025年1月21日に発出された「違法な差別の撤廃と実力に応じた機会の回復(Ending Illegal Discrimination and Restoring Merit-Based Opportunity)」と題する第14173大統領令(Executive Order 14173)※2の執行に向けた具体的なガイダンスと位置づけられ、当該大統領例上で定義されていなかった「違法なDEI(illegal DEI)」の意味や範囲を一定程度明確化しました。
以下では、本文書の主な内容を解説します。
1つ目の文書は、EEOC及びDOJにより公表された「職場においてDEI関連の差別を経験した場合の対処法(What To Do If You Experience Discrimination Related to DEI at Work)※3」と題する文書で、DEIに関連する差別を受けていると考える個人に対して、EEOCへの告発を奨励しています。2つ目の文書は、EEOCにより単独で公表された「職場におけるDEI関連の差別について知っておくべきこと(What You Should Know About DEI-Related Discrimination at Work)※4」と題する文書で、公民権法第7編(Title VII of Civil Rights Act of 1964)がDEI関連の差別にどのように適用されるかをQ&A形式で概説したものです。
いずれの文書も、その冒頭において、「DEI」は公民権法第7編(Title VII of Civil Rights Act of 1964)において定義されていない広義の用語であるとした上で、公民権法第7編は、人種や性別等の保護特性(protected characteristics)に基づく雇用差別を禁止していることを確認しています。そして、雇用主が、DEIポリシー又はプログラムの実践により、従業員又は応募者の人種、性別その他の保護特性を理由とする雇用上の決定を行うこととなる場合には、当該DEIポリシー又はプログラムの実践が違法となる可能性があるとしています。
さらに、本文書は、EEOC及びDOJが違法と判断する可能性のある差別的取扱い(disparate treatment)及び分離(segregation)を列挙しています。
上記のほか、本文書で示されているEEOCの見解のうち、以下の点については特に留意すべきと考えられます。
公民権法第7編は、人種、性別又はその他の保護特性に基づく差別を禁止しており、多様性の利益の例外を設けておらず、最高裁判所もそのような例外を認めていないことから、多様性又は公平性に関する業務上の必要性やビジネス上の利益(運営上のメリット、顧客又は従業員の嗜好)は、例外事由として認められない(雇用上の決定への抗弁にはならない)としています。公民権法第7編は、非常に限定的な場合(宗教、性別、国籍が特定の事業又は企業の通常の運営に合理的に必要な職業資格である場合)に、宗教、性別又は国籍に基づく異なる取扱いを「bona fide occupational qualification(BFOQ)」例外として認めているものの、当該例外の下でも人種及び肌の色に基づく異なる取扱いは認められていないことも強調されています。
また、人種、性別又はその他の保護特性が、雇用主の雇用行動の唯一又は決定的な要因ではない場合であっても、違法な差別は成立しうるとしています。
公民権法第7編の下では、ハラスメントの頻度が高い又はその程度が深刻であることにより、職場環境が威圧的、敵対的又は虐待的になると社会通念上認められる場合には、当該ハラスメントが違法となる可能性があります。本文書は、事実関係次第では、DEI関連の研修の内容、適用若しくは文脈が差別的であることを申立て又は証明することで、DEI関連の研修によって職場環境が敵対的になったことを説得力を持って主張又は証明できる可能性があるとしています。
トランプ政権は、DEI関連の雇用上の決定・プラクティスに対する法執行を最優先事項ととらえておりますが、何が「違法」な行為として執行対象となるかについては不明確な状況が続いていました。本文書により、今後数年間にわたるEEOC及びDOJの取締りの方向性が示され、何を「違法」な行為として執行の対象とするかについての一定の具体化が進みました。本文書が公民権法第7編やその他の連邦法と整合するものであるかどうかについては、今後訴訟等で争われる可能性もあり、EEOC及びDOJによる執行状況や関連訴訟については引き続き注視が必要です。
※1
Technical assistance documentsとは、(EEOCメンバーの多数決による賛成が必要なguidance documentsとは異なり)EEOCの議長が単独で発行することができるものです。
※2
トランプ大統領が2025年1月21日に発出した「違法な差別の撤廃と実力に応じた機会の回復(Ending Illegal Discrimination and Restoring Merit-Based Opportunity)」と題する第14173大統領令(Executive Order 14173)及びその違法性を争って提起された訴訟の概要については、当事務所発行の米国最新法律情報No.140をご参照ください。なお、米国最新法律情報No.140の発行後の2025年3月14日、第4巡回区連邦控訴裁判所(U.S. Court of Appeals for the Fourth Circuit)は、当該大統領令に対する仮差止命令の効力停止の却下判決(メリーランド州連邦地方裁判所によるもの)に対する控訴を認めたため、仮差止命令の効力が停止され、当該大統領令の効力が復活しました。もっとも、その後、2025年3月26日、当該大統領令の違法性を争って提起されていた類似の別件訴訟(Chi. Women in Trades v. Trump, No. 1:25-cv-02005, (N.D. Ill.))において、イリノイ州北部地区連邦地方裁判所・東部部門(U.S. District Court for the Northern District of Illinois, Eastern Division)が、当該大統領令の一部に関する仮制止命令(Temporary Restraining Order)を発令したため、当該大統領令の一部の効力は再び停止しています。いずれの訴訟も引き続き係属中であり、この他にも類似の訴訟が提起されているため、効力の復活と停止の繰り返しが続くことが予想されます。
※5
勤務時間中や会社施設内での活動を許容するなど、雇用主が公式又は非公式に参加を奨励するものを含むとされています。
本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。
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