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農林水産法務シリーズ第5回「農林水産業とカーボンニュートラル」


座談会メンバー

パートナー

渡邉 啓久

資源・環境・エネルギー、建設・インフラ、プロジェクトファイナンス、証券化・ストラクチャードファイナンス、不動産取引を中心として一般企業法務全般を取り扱うほか、気候変動問題、海洋資源保護や生物多様性保全に関連する法務問題に取り組む。

アソシエイト

宮城 栄司

資源・エネルギー、不動産ファイナンス、プロジェクトファイナンス、J-REIT及び私募ファンドの組成・運営等を含むインフラ・不動産取引全般、その他一般企業法務を取り扱う。近時は、テクノロジー、カーボンニュートラル、農林水産分野等に関する法律問題にも取り組んでいる。

アソシエイト

稗田 将也

再生可能エネルギー分野に関するアドバイスを中心に、プロジェクトファイナンス、買収ファイナンス、不動産取引その他企業法務について幅広く取り扱っている。近時は農林水産業に関係する法律問題にも取り組んでいる。

アソシエイト

水野 奨健

M&A、コーポレートをはじめとした企業法務全般についてアドバイスを提供している。また、農林水産分野に関連する法律問題にも取り組んでいる。

【はじめに】

第5回では、農林水産業とカーボンニュートラルというテーマで、主にみどりの食料システム戦略とバイオマス産業、農林水産業と再生可能エネルギーの共生、木造建築物の増加と林業のあり方について議論したいと思います。

CHAPTER
01

脱炭素化

渡邉

2020年当時の菅総理は、2020年10月26日の所信表明演説において「我が国は、2050年までに、温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、すなわち2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指す」ことを宣言しました。それ以降、あらゆる分野においてカーボンニュートルの実現に向けた取組みが進められています。

宮城

農林水産分野の現状を見てみますと、農林水産分野からの温室効果ガスの排出量は日本国内全体の約4.4%であり、他の産業と比較すると限定的であるといえます。もっとも、日本は稲作が中心で、水田からのメタンの排出が多いこともあり、諸外国と比べると、温室効果ガスのうちメタンの排出割合が相対的に多いことが特徴といえます。メタンは二酸化炭素よりも温室効果が格段に高いとされています。後に議論しますが、こうした状況を受け、農林水産省は2021年に「みどりの食料システム戦略」を策定し公表しています。みどりの食料システム戦略は、必ずしも脱炭素化のみをターゲットとしたものではありませんが、カーボンニュートル宣言と軌を一にする政策であるといえると思います。

水野

農林水産分野におけるグリーン化は世界的にも進められており、EUはFarm to Fork戦略を公表し、持続可能な食料システムの構築しようとしていますし、米国は、農業イノベーションアジェンダを示し、農業生産量の40%増及び環境フットプリントの50%減などを目標として掲げています。当然ながら農林水産分野はまだまだ自然を相手とする分野であり、他の産業に比較してみても、近年の気候変動や災害の激甚化による影響をより強く受けやすいことから、脱炭素化はより一層注目されているのではないかと思います。
CHAPTER
02

みどりの食料システム戦略/バイオマス産業

稗田

先ほどもありました「みどりの食料システム戦略」は、農林水産省が2021年5月に公表した政策であり、イノベーションによる食料・農林水産業の生産力向上と持続性の両立の実現を志向した政策方針を打ち出しているところでもあります。日本においても、持続可能な食料システムの構築について方針が打ち出されたことは、大きな意味を持つと思います。

渡邉

みどりの食料システム戦略の特徴は、農業だけでなく水産業や林業、食品加工から流通・消費という食料システム全体を対象としている点と、14の項目の野心的なKPIを定めた点といえます。

宮城

同戦略を効果的に推し進める動きとして、2022年7月にはいわゆる「みどりの食料システム法」が施行されました。これにより、一定の支援措置を伴う事業認定制度が導入されたため、農林水産業に関わる企業からの関心も高いのではないかと思います。

水野

農林漁業に由来する環境負荷の低減を図るために行われる事業である環境負荷低減事業活動や特定環境負荷低減事業活動、又は環境負荷低減を図るための取組みの基盤を確立する事業である基盤確立事業の事業計画について認定を受けると、当該事業に関する設備投資に係る税負担の軽減や、公庫からの融資上の優遇措置、一定の行政手続のワンストップ化等のメリットが得られるようになりますから、農林水産業の担い手にとっては重要な支援措置になりますね。

宮城

基盤確立事業については、昨年9月における国の基本方針の発表から2023年2月1日現在までの間に、既に23の事業計画について認定されたことが公表されています。また、環境負荷低減事業活動については、対象となる事業活動等について基本方針を都道府県が定めることとなっていますが、2023年2月1日現在の時点で既に北海道、山形県、滋賀県、長崎県及び大分県の基本計画が公表されていますので、今後の動きに注目です。

稗田

対象とする事業の領域は、農林水産業の従事者だけでなくその周辺産業や食品事業にも及ぶものであり広範にわたる一方で、施行されたばかりの制度であり実務の蓄積も浅い分野である上、とりわけ支援措置の内容に関しては他の法令も絡み合っているところですので、同法の活用の可否及び得られるベネフィットの分析等に関連して、法務の観点からのサポートもポイントになると考えています。

渡邉

加えて2022年の9月には、バイオマス活用推進基本法に基づく新たな「バイオマス活用推進基本計画」の閣議決定がなされており、バイオマス産業の分野においてもみどりの食料システム戦略の影響がみられましたね。

宮城

改定後の基本計画においては、2030年の目標として、調査対象のバイオマスの種類を拡大の上、全体のバイオマス利用量の目標値を年間産出量の約80%に設定したり、バイオマスプラスチックや持続可能な航空燃料(SAF: Sustainable Aviation Fuel)等のバイオマスを活用した技術開発を進め、製品・エネルギー分野の産業規模においてバイオマス産業が占める割合の2030年における目標値を、現在の倍の約2%に設定したりなど、今後のバイオマス産業のさらなる発展が期待されていることが分かります。

稗田

改定後の基本計画においては、バイオマスの活用について市町村レベルでの関与の必要性に言及するなど、国だけでなく地域における主体的な取組みを推進していることも注目ですね。

渡邉

事業活動が環境に与える影響や持続性の確保については世界的な関心も高まっており、特に我が国における戦略の中核的・体系的な存在とも言えるみどりの食料システム法やバイオマス活用推進基本法に関しては、今後も世界情勢を踏まえたアップデートが予想されますから、継続的にチェックしておく必要がありそうですね。
CHAPTER
03

農林水産業と再生可能エネルギーとの共生

渡邉

今後の農林水産業の発展を考えていく上で、再生可能エネルギーの開発及び維持との共生も一つのテーマになっているように思います。政府が2021年10月に策定した第6次エネルギー基本計画では、2030年度の野心的な電源ミックスとして、再エネ比率を36%~38%にまで引き上げることが目標とされています。再エネ適地と呼ばれる、再エネに適した気象条件や立地条件等を有する地域は、農林水産業の場でもあることがあります。そのため、再エネプロジェクトと農林水産業の利益調整が必要となる場面が非常に多くなってきていますね。

水野

一例として、営農型太陽光発電が挙げられます。これまでの日本の再エネの導入を牽引してきたのは太陽光発電プロジェクトです。2021年度のエネルギー需給実績(速報)では、発電電力量ベースで、既に太陽光発電の割合が全電源の8.3%にまで達しているとされますが、従来、太陽光発電所の設置に必要な土地を確保するため、多くの農地転用が行われてきました。

宮城

農林水産省の調べでは、平成23年度には太陽光発電設備を設置するための農地転用許可件数は年間18件(0.7ha)に過ぎなかったものが、令和2年度には10,308件(1,467.4ha)まで増加しており、平成23年度以降の累計では、実に79,774件もの農地転用許可がなされ、13,413.5haという広大な農地が太陽光発電設備を設置するために利用されてきました。

稗田

休耕地、耕作放棄地の活用という意味では肯定的に捉えられるものの、今後の食料自給率の維持・向上の観点や農村の維持・発展の観点からは、優良農地の確保と有効利用の促進という視点が重要になりますね。

渡邉

その中で注目されるのが、営農型太陽光発電です。農地に支柱を立て、土地の上部に太陽光発電設備を設置するという仕組みであることから、太陽光を農業と発電で共有するという意味で、「ソーラーシェアリング」と呼ばれたりもします。

宮城

農林水産省は、「営農型太陽光発電取組支援ガイドブック」を公表するなどして、営農型太陽光発電の取組みを後押ししていますよね。

渡邉

今後の導入が期待されているのは事実ですが、ハードルが高いのもまた事実です。農林水産省の関係通知は、一時転用許可にあたり、「下部の農地における営農の適切な継続が確実と認められること」を確認するよう求めています。また、一時転用許可の期間は、認定農業者等の担い手が下部の農地で営農を行う場合、荒廃農地を再生利用する場合、第二種農地又は第三種農地を活用する場合には10年以内とされていますが、その他の場合は、再許可の可能性があることは別にして、3年以内とされています。

水野

実際、太陽光発電設備を設置するための農地転用許可の実績をみても、営農型発電設備の令和2年度の新規の一時転用許可は約800件弱(下部の農地面積にして144.8ha)に留まっていますので、なお営農を廃止するケースの方が圧倒的に多いことが分かります。営農型太陽光発電のさらなる普及は、今後の課題ですね。

稗田

太陽光発電以外の再エネと農林水産業との共生という観点では、ほかにどのような論点があるのでしょうか。

宮城

再エネ主力電源化の切り札と目される洋上風力との関係では、漁業者との調整は大きな論点です。一般海域でのプロジェクトを対象とする再エネ海域利用法では、漁業者を含む利害関係人との利益調整メカニズムとして、協議会制度を設けています。法律に基づくシステムとして、地域との利害調整の仕組みが設けられていることは評価すべきですが、漁業補償の金額や地域の漁業の発展に向けた支援策の内容などに関しては、同法は特に触れることはなく、利害関係者間における個別の協議に委ねています。今後の実績が積み上がってゆき、一定のガイダンスが得られるような段階に至るまでは、漁業者及び発電事業者の双方にとって、どういった協議・交渉を進めて行くべきなのかは、難しい問題でしょう。

水野

ほかにも、太陽光や陸上風力に関しては、山間部に大規模な開発を行うことに伴った林業との関係が、中小水力に関しては、農業用水・農業水利施設を利用することや、河川の漁業権者に影響を及ぼし得る点で農業及び漁業との関係が、それぞれ典型的に問題となります。

渡邉

これからは、再エネか農林水産業かという二者択一の関係ではなく、相互の共存を図りながら、農村漁村の永続的な発展を目指すという視点がますます重要になってくるだろうと思います。
CHAPTER
04

木造建築物の増加と林業

水野

木造建築物は、木材を利用することによって森林が吸収した炭素を長期間貯蔵することができるため、カーボンニュートラルに貢献するとして今非常に注目されています。2021年には「公共建築物等における木材の利用の促進に関する法律」が「脱炭素社会の実現に資する等のための建築物等における木材の利用の促進に関する法律」へと改正され、日本で初の「脱炭素」を法令名に含む法律となったことでも注目されました。

稗田

同法は、新たに木材利用促進の対象を公共建築物から建築物に拡大し、また、国及び地方公共団体は事業者等との間で建築物に関する木材利用促進協定を締結することができると定めました。木材利用促進協定の締結は、事業者の社会的評価の向上だけでなく、木材の安定したサプライチェーンの構築に資するというメリットも期待されますね。

宮城

他にも、CLT(Cross Laminated Timber・直交集成板)等の強度等に優れた建築の製造技術の開発が進んでいますし、建築物省エネ法とともに改正された建築基準法では、主に木造建築物を対象として建築基準の合理化等が図られています。

渡邉

木材の利用が促進されれば、林業も発展します。日本は国土の3分の2にあたる約2,500万haが森林である世界有数の森林国ですが、一方で人工林の約半分が50年生を超えて成熟し、利用期を迎えていますので、森林の循環利用に向けて計画的に再造成することが重要です。このような状況を受けて、2021年、森林・林業基本法に基づき、新たな森林・林業基本計画が定められました。同計画は、我が国の森林・林業施策の基本的な方針等を定めるものであり、森林・林業をめぐる情勢の変化等を踏まえ、おおむね5年ごとに変更されます。

水野

新たな森林・林業基本計画では、従来の施業方法等を見直し、新技術を活用することにより、伐採から再造林・保育に至る収支のプラス転換を可能とする「新しい林業」という概念が提唱されています。例えば、エリートツリー等の育種育苗技術、自動操作機械、リモートセンシング、遠隔操作・自動操作機械等様々な新技術が注目されています。

宮城

2021年に施行された「森林の間伐等の実施の促進に関する特別措置法」の改正では、自然的社会的条件からみて植栽に適した区域(特定植栽促進区域)を指定し、区域内で特定苗木の植栽を実施しようとする林業事業体等が作成する計画(特定植栽事業計画)を認定することで、エリートツリー等による森林の再造成を促進しています。

渡邉

一方で、森林経営活動によるJ-クレジット制度における認証クレジットは全体の1.6%と低位に留まっています。技術的にも制度的にも今後さらに発展することに期待したいですね。

稗田

さて、今回は、農林水産業とカーボンニュートルという観点から議論してきました。2050年カーボンニュートラルの達成という観点でも、様々な局面で農林水産分野への影響を検討していかなければならないという思いを強くします。次回は、ブルーエコノミーと生物多様性というテーマでお話しする予定です。本日はありがとうございました。

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第6回 「ブルーエコノミーと自然資本・生物多様性」

(宮下優一弁護士、渡邉啓久弁護士、星野慶史弁護士、田澤拓海弁護士、室憲之介弁護士)

※次回は、2月22日の公開を予定しています。

本座談会は、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。