
服部薫 Kaoru Hattori
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NO&T International Trade Legal Update 国際通商・経済安全保障ニュースレター
ニュースレター
米国による1974年通商法301条追加関税の維持及び強化(2024年5月)
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経済安全保障
NO&T International Trade Legal Update ~国際通商・経済安全保障ニュースレター~ 創刊のご案内
日々変動する国際情勢、地球規模の政策課題、そして各国・地域による積極的な産業政策や通商関連措置によって、自由で公正な国際通商環境に支えられてきた国際ビジネスも、様々な課題に直面しています。
「NO&T International Trade Legal Update ~国際通商・経済安全保障ニュースレター~」は、供給網(サプライチェーン)・販売網や経済安全保障などの国際通商に関する様々なトピックについて、具体的な法律問題だけでなく国際競争上の事業戦略を検討する上で役立つ情報をお伝えしていきます。
米国インフレ抑制法(the Inflation Reduction Act of 2022)※1は、2022年8月16日、バイデン大統領の署名によって成立した。本法には多岐に及ぶ施策が含まれているが、そのEV(電気自動車)関連の施策だけをとってみても、少なくとも、気候変動対策としてのEV促進政策、原材料の安定供給の強化のためのサプライチェーンに絡む経済安全保障政策、さらに米国内を含む北米自由貿易圏内での生産活動を特に重視する通商政策という3つの要素が一体化した施策であることが読み取れる。
本稿では、このうち通商政策の側面にフォーカスし、まずは直接影響を被るであろう日本をはじめとする各国所在のEVの完成車メーカー、バッテリー関連メーカー、その他各種の自動車部品関連産業にとって、本法によりどのような影響があるのか、また、どのような対応上の留意点があるのかについて、以下解説する。
本法において、日本、EU、韓国などのEV関連産業への影響が懸念されているのが、「エネルギー安全保障」政策の一つとして位置づけられた「クリーン自動車」への税額控除付与に関する規定である。本法には、商用EVへの税額控除の制度など様々な施策が盛り込まれているが、ここでは、新車の乗用EVが税額控除を受けられる制度について概観する。
この税額控除の制度は、要するに、一定の製造要件を満たして米国内で販売されるEV(適格EV)について、購入者たる米国の各納税者に対して、最大で7500ドルの税額控除を付与する※2というものである。本施策は、控除額の大きさゆえ、需要者(個人消費者)の購買インセンティブを大きく左右し得ることが見込まれ、米国市場におけるEV車販売の戦略上無視し得ない。その結果、日本の関連メーカーの国際競争力に与える影響も著しく大きくなることが想定されている。
適格EVとなるため要件を、立法に即してやや詳しく、しかしながら本稿に関連する要件のポイントをまとめると以下のとおりである。特に、完成車の組立て、バッテリー部品の製造・組立て、バッテリー内に含まれる重要鉱物の採掘やリサイクル等に関する要件が重要である。なお、財務長官は、本施策に関する詳しい規則およびその他のガイダンスについて定めることとされており、ガイダンスについては遅くとも2022年中には発行すべきことになっている。
要件は概して北米地域以外のメーカーにとって厳しいものだが、まず、EVの最終組立てが北米地域内で行われないEVは、税額控除の対象外であることが挙げられる。これは、完成車メーカーにとっての、製造拠点の立地戦略の問題にかかわる。
次に、以下の3点は、完成車メーカー向けのバッテリー(部品)を供給するサプライヤーが、その部品や含有鉱物をどこから調達し、またはそれを製造するかという、製造拠点の立地および供給網の戦略にかかわる。
第1に、バッテリー用部品やバッテリー用指定重要鉱物について、中国やロシアなどの国有企業等が製造や採掘等に関わったものが「一部でも」混入していれば、それをもって税額控除の対象外となってしまう(上記2(b)および(c)。適格EVからの除外。)ため、米国向けEV用のバッテリー製造拠点・原料供給元を、そうした供給源から切り離すサプライチェーン再構築が必要となり得る。
第2に、重要鉱物の原産地に関する割合要件については、必要割合が毎年上がっていくことに加え、注意すべきは、米国とFTAを締結している国原産の場合には、それをカウントして良いとされている点である。米国は現在、20カ国との間でFTAを締結しており※5、資源産出国としては、豪州、カナダ、チリ、メキシコ、ペルーなどが含まれている。なお、米国と韓国との間のFTAは存在するが、EUや中国との間にはFTAは存在しない。ちなみに、2020年1月1日に効力が発生した日米貿易協定がWTO協定上のFTAに該当するのかという点については議論があるところではあるが、少なくとも米国通商代表部のウェブサイトには、日米間のFTAへの言及はない。
第3に、バッテリー用部品に関する割合要件についても、北米地域での部品製造の価値割合を徐々に高めていかなければ税額控除の対象外となってしまうため、バッテリー製造のサプライチェーン全体の製造拠点戦略にも影響があると見られる。
こうして見ると、本EVに関する施策は、現在EV用バッテリーの世界市場の過半を占めていると言われる中国産重要鉱物およびバッテリーを米国EV市場から排除する効果をもつという意味で、大胆な施策であるということができる。他方で、北米地域内に製造拠点を持たない日本のメーカーも牽制対象に含まれており、その影響は大きい。
本件のEV・バッテリーに関する施策は、米国外からのEV生産に関連する産品の競争機会に影響を及ぼす可能性があることから、通商措置といえる。そこで、米国市場へ輸入される関連産品について、国際通商法(WTO協定)上のルールに照らし不当な差別や制限を生じさせていないかも問題となる。
たとえば、中国等の「懸念国」の国有企業等によって製造または組み立てられたバッテリー用部品を使用したEVが税額控除の対象とならない点については、「懸念国」と「懸念国」以外との間で、バッテリー用部品の米国市場での販売競争条件に影響を与える差別が存在するとして、最恵国待遇義務(千九百九十四年の関税及び貿易に関する一般協定(いわゆる「GATT」)1条1項)違反ではないかとの懸念が関係国や関係産業から挙げられている。
また、「懸念国」で製造等されたもの「対」米国において製造等されたものという視点で見れば、米国国内産品との比較において特定の外国(「懸念国」)産品に対してだけ競争条件上不利な待遇を与えているのではないかという意味で、内国民待遇義務(GATT3条4項)違反との懸念もあり得る。
一方、本施策の「バッテリー用部品」に関する割合要件が北米地域での製造等を要求している点については、米国市場向けEV用のバッテリー用部品に関し、非北米地域産よりも北米地域産の部品の需要が必然的に高まることから、非北米地域産部品の米国市場での(ひいては国際市場での)競争条件が悪化することが懸念される。それは不当な内外差別であり内国民待遇義務(GATT3条4項)違反ではないかとの懸念もあり得る※6。
以上の各視点は、部品のサプライチェーンで「懸念国」に依存していたり、または部品の製造拠点を北米地域以外に有している日系のバッテリー用部品メーカーにとっても重要といえる。
本施策が「最終組立て」を北米地域で実施することを要求していることから、非北米地域で当該工程を経た完成車は、本施策の税額優遇の恩恵を享受できない。したがって、米国市場向け新車EVの完成車について、北米地域産と非北米地域産との間に米国市場内での競争条件に影響を与える必然的なWTO加盟国間差別および内外差別が存在し得ることになるため、この意味でも、最恵国待遇義務(GATT1条1項)違反および内国民待遇義務(GATT3条4項)違反が問題となり得る。
本施策には、上記以外にも、GATT21条の安全保障例外規定や同20条の一般例外規定によるGATT原則違反の正当化の可能性など様々な論点があり得、国際通商ルールとの関係性は単純とはいえない※7。
本施策をめぐっては、米国が主導するインド太平洋経済枠組み(IPEF)の議論の場などにおいて、日・韓のそれぞれから、米国に対して懸念が伝えられたとされている。韓国は、本法成立当初から、二国間で米国と本件の懸念について協議を開始した。EUも高い関心を有し米国に懸念を伝えていたが、2022年10月25日、米EU間で正式に本施策を含むインフレ抑制法についての問題を解決するためのタスクフォースを立ち上げたことがホワイトハウスから発表されている※8。
影響を受ける産業を抱える各国・地域は、本件について国際通商法上の強い関心を持って、様々な機会を利用して米国政府に対してタイムリーかつ粘り強く働きかけを行っているものとみられ、各国の産業界からの各国・地域政府への情報提供や要望の申入れ等の意思疎通も活発に行われているものと推察される。
以上のように、EV・バッテリーをめぐる米国による本施策の関連企業(メーカー)に与える影響は、米国市場の大きさと今後のEV傾斜の潮流を踏まえると非常に大きく、目先の施行期間だけでも向こう10年間と長期の影響が続くうえ(その間に、バッテリー原料のサプライチェーンは改革され、米国内での製造拠点が着々と整備されていくことが予想される。)、競争相手となる国・メーカーも迅速に動いていると見られる。自社の対応として考えた場合には、自社内で完結する対応もあれば、政府とともに対応しなければならない事項もある。いくつかの対応上のポイントを挙げると、たとえば、以下の様なものがあり得るであろう。
※2
当該EVが「バッテリー用重要鉱物」に関する割合要件を満たしている場合には3750ドルの税額控除を、「バッテリー用部品」に関する割合要件を満たしている場合には3750ドルの税額控除を、仮に両方の要件を満たしているEVであれば7500ドルの税額控除を、それぞれ付与するというものである(なお、税額控除は最大額であり、また、控除額が納税額を超えても超過額が返金される性質の税額控除ではない。)
※3
「懸念外国エンティティー」は、別法により定義されており、たとえば、国務省により外国テロ組織として指定されているエンティティー、財務省によりSDNリストに掲載されているエンティティー、「懸念国」(さらに別法により、北朝鮮、中国、ロシアおよびイランを指す。)により所有、コントロール、またはその指示に服するエンティティーなどが含まれている。
※4
「指定重要鉱物」には、別法により多くの鉱物が指定されており、たとえば、アルミニウム、アンチモン、バライド、コバルト、ゲルマニウム、リチウム、その他多数の鉱物が含まれている。
※6
「バッテリー用重要鉱物」に関する割合要件との関係でも問題となり得る点があるが、紙幅の関係上、ここでは割愛する。
※7
ちなみに、かつて中国は、同じく自動車部品に関し中国国内産を優遇する措置を発動し、2006年に当時のEC、米国およびカナダによってWTO提訴されたいわゆる中国自動車部品事件(DS339, DS340, DS342)において、パネルおよび上級委員会の判断により当該措置の廃止に追い込まれたことがあったが、当時とは背景事情も大きく異なり、本施策のWTOルール整合性が直ちに明確になるものでもない。
本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。
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