
小川聖史 Satoshi Ogawa
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EU外国補助金規制(2)~実施細則・届出書フォーム案の公表と実務対応(2023年2月)
EU外国補助金規制(FSR)の最新動向~実施細則の公表及び施行開始(2023年7月)
EUの外国補助金調査の近況と中国の関税法改正(中国)
(2024年5月)
EUにおいて、外国補助金(すなわちEU域外における補助金)に対する新たな規則(以下「本規則」※1)が成立しました。本規則は昨年12月にEUの官報に掲載され、本年1月に発効し、7月から適用が開始されます※2。
本規則は、EU域内市場で事業を行う企業に対する、EU域外の公的機関等による「外国補助金」(その定義・概念は曖昧かつ広汎ですので、以下2.(2)にて後述します。)のうち、EU域内市場を歪曲する効果をもたらすものに対処しようとする新たな規制です。本規則の成立により、一定額以上の「外国補助金」を受けている事業者においては、EU企業を対象とする合併・買収やEU企業とのJV組成、EUにおける公共調達への参加につき事前届出や情報開示をしなければならない可能性が生じるなど、EU域外の企業における事業活動への影響が想定されます。
従前から、EU域内における補助金に対しては国家援助(state aid)規制が存在しておりました。また、EU加盟国以外の国から補助金を受けたEU域内への輸入品に対してはWTOの「補助金及び相殺措置に関する協定」(以下「WTO補助金協定」)及び関連するEUの規則※3も存在しておりました。もっとも、前者の国家援助規制はEU域外での補助金は対象とされておりません。また、後者のEU域内への輸入品に関するルールもEU域外の補助金を受けた「製品」がEU域内に輸入された場合に限って適用され、「サービス」には適用されないほか、EU域外の補助金を受けた企業によるEU域内のM&A取引や入札への対応には限界がありました。さらに、EU域外からEU域内の投資等に関しては対内直接投資に関する規則も近時策定されておりましたが※4、これに基づくEUにおける規制は安全保障及び公的秩序目的に限られておりました。このような状況のもと、EU域内市場を歪曲する「外国補助金」に対する新たな規制が必要という認識に至り、本規則が今般策定されました。
前述のとおり、本規則の成立により、EU企業を対象とする合併・買収やEU企業とのJV組成、EUにおける公共調達への参加については事前届出や情報開示をしなければならない可能性が生じます。本稿では、本規則の概要をご説明した上で、実務対応のポイントを検討いたします。
前述のとおり、外国補助金規則は、EU域内市場で事業を行う企業に対する、EU域外の公的機関等による外国補助金により、EU域内市場が歪曲される事態に対応しようとするものです。具体的には、そのような補助金を受けた事業者による、EU企業を対象とする合併・買収やEU企業とのJV組成、EUにおける公共調達への参加が規制対象行為とされています。
本規則の規制対象となる外国補助金の交付主体はかなり広汎・包括的であるとともに、外国補助金の中身である「資金面での貢献」(financial contribution)についてもかなり広汎・包括的に捕捉される規定ぶりになっています。具体的には、「第三国」(third country)が、EU域内市場において事業活動を行っている企業に対して利益を与える「資金面での貢献」を行っており、かつ、当該資金面での貢献が特定の企業又は業界に限定して法律上又は事実上与えられている場合に、外国補助金が存在するとみなされるとしています(3条1項)。
「資金面での貢献」には特に以下を含むとされています。WTO補助金協定における補助金の定義(同協定1条1.1(a)(i))に類似しているものの、細部は異なっており、広汎な規定ぶりとなっております(3条2項)。
また、「資金面での貢献」を提供する「第三国」(すなわち補助金の交付主体)としては以下を含むとされています(3条2項)。
注意すべき点としては、以下3.及び4.で記載する企業結合に係る届出及び公共調達に係る届出基準との関係では、第三国からの「資金面での貢献」は、問題となる企業結合取引や公共調達取引に直接的又は間接的に関連しているかどうかにかかわらず、過去3年間に付与された全ての「資金面での貢献」を考慮に入れなければならないという点が挙げられます。そのため、届出基準の判断にあたっては、「資金面での貢献」の有無を幅広く確認する必要があることになります。
本規則は、外国補助金が事業者のEU域内市場における競争上の地位を向上させており、かつ、これにより当該外国補助金がEU域内市場における競争に対して現に又は潜在的に悪影響を与える場合に、EU域内市場における歪曲があるとみなされるとしています(4条1項)。本規則は、このような歪曲の有無につき補助金の額や性質など様々な要素を考慮して判断されるとしつつ、EU域内市場を歪曲する可能性が高い外国補助金の類型として以下を挙げております(5条1項)。
他方で、本規則は、連続3事業年度において受領した外国補助金の合計額が400万ユーロ以下の場合、当該外国補助金がEU域内市場を歪曲する効果を有する可能性は低い旨規定しています(4条2項。もっとも、この場合でも、本規則の適用が完全に排除されるわけではないと考えられます。)。
外国補助金に対する審査は、欧州委員会(以下「欧州委」)が行うとされています。
欧州委の審査は、主に、職権審査(すなわち、事業者からの届出に基づかずに欧州委がその職権で審査を開始する場合)のほか、事業者からの企業結合に係る届出・公共調達に係る届出に基づき開始されます。企業結合に係る届出及び公共調達に係る届出は以下3.及び4.でご説明することとし、ここでは欧州委の職権審査とエンフォースメントの概要を述べます。
欧州委は、EU域内市場への歪曲をもたらす可能性のある外国補助金に関して職権で審査を開始できるとされています(9条1項)。初期的審査としては、欧州委は情報提供要求やEU内・EU外における立入検査の実施等といった広汎な権限を有するとされており(10条1項、13条~15条)、その結果、歪曲の存在が十分示唆される場合には詳細審査に進むとされています(10条3項)。
欧州委は、外国補助金によるEU域内市場における現実の又は潜在的な歪曲を解消するため、一定の是正措置を課すことができるほか、事業者がかかる歪曲を解消する確約を提示した場合、当該確約を受け入れることもできるとされています(7条1項、2項)。確約・是正措置の内容としては、外国補助金によって取得・支援された研究・生産施設等のインフラへのアクセスの提供、生産能力や市場でのプレゼンスの縮減(事業活動の一時的制限など)、特定の投資の制限、外国補助金によって取得・支援された資産に係るライセンス、研究開発成果の公表、特定の資産の売却、企業結合の解消、外国補助金の返還、ガバナンス体制の整備などが想定されています(7条4項)。
なお、審査において虚偽の情報を提供した場合や確約・是正措置に従わない場合には、一定の制裁金(後者の場合、当事会社グループの直近事業年度における総売上高の10%以下)が課せられる可能性があります(17条)。
本規則の適用対象となる企業結合(concentration)は、以下のいずれかによる支配権の変更とされております(20条1項、2項など)。これは、EU競争法での定義(EU合併規則※5 3条1項、4項など)とほぼ同じです。
以下の①及び②をいずれも満たす企業結合は、実行前に欧州委に対して届出を実施しなければならないとされています(20条3項、21条1項。なお、欧州委が事前届出を要請した場合もその対象となります(20条5項))。
上記①のEU域内売上高及び②の「資金面での貢献」の合計額を計算する際には、企業結合取引の直接の当事者となる関連事業者自身のみならず、当該関連事業者のグループ全体を対象として算入する必要があります(22条4項、23条)。EU域外の法人を直接の買収対象とするM&A(例えば、日本企業が他の日本企業を買収する取引)であったとしても、その買収対象会社がEU域内に子会社を有しており、間接的に買収対象となるような場合には、上記の要件を満たせば事前届出が必要となることになります。そのため、幅広い範囲の取引が事前届出義務の対象となる可能性があります。
事前届出の対象となる企業結合は、原則として届出の受理から25営業日の間は当該取引を実行できないとされています(24条1項(a))。また、欧州委は届出の受理から25営業日以内に詳細審査を開始できるとされており、その場合、詳細審査開始から原則90営業日は当該取引を実行できないとされています(同条項(b))。更に、仮に事業者が事前届出を怠った場合等には、欧州委は上記期間の制約を受けず審査可能とされています(同条6項)。
欧州委は詳細審査開始から90営業日以内に、確約決定、当該取引に対して異議がない旨の決定又は当該取引の禁止決定のいずれかを下すとされています(25条3項など)。また、EU域内市場を歪曲させる企業結合が既に実行されていた場合、欧州委は当該取引の解除等を要求できるとされています(同条6項)。なお、届出において虚偽の情報を提供した場合や、事前届出を怠った場合等には、一定の制裁金(後者の場合、最大で当事会社グループの直近事業年度における総売上高の10%以下)が課せられる可能性があります(26条)。
以下の①及び②をいずれも満たす公共調達に参加する事業者は、契約官庁又は契約主体に対して入札時に届出書を併せて提出しなければならず、当該契約官庁・契約主体は欧州委に対して当該届出書を遅滞なく転送しなければならないとされています(28条1項及び29条1項・2項。なお、欧州委が事前届出を要請した場合もその対象となります(同条8項))。
また、上記の届出要件を満たさない場合であっても、事業者は第三国から受領した全ての「資金面での貢献」をリストアップし、入札時にその確認をしなければならないとされています(29条1項)。
欧州委の初期的審査期間は、届出書を受領してから原則として20営業日以内とされており(30条2項、3項)、必要に応じて原則110営業日の詳細審査を実施することができるとされています(同条5項)。欧州委の審査期間中は受注の決定をしてはならないとされています(32条1項・2項)。
欧州委によるエンフォースメントは、上記3.(3)で述べた企業結合に対する外国補助金規制と概ね同様です(31条1項~3項)。事前届出を怠った場合等においては一定の制裁金(最大で当事会社グループの直近事業年度における総売上高の10%以下)が課せられる可能性があります(33条)。
冒頭記載のとおり、本規則の成立により、EU企業を対象とする合併・買収等やEUでの公共調達への参加につき、一定の基準を満たす場合には事前届出や情報開示を実施する義務を負うこととなります。そのため、欧州で事業活動を展開する企業においては、本補助金規制の対象になるかを確認する必要が生じます。本規則の内容等に関して、現時点で考えられる実務対応上の影響と留意点は以下のとおりです。
本規則は、一般論として、中国系企業が受けている中国での補助金を問題意識の出発点として策定された規制といわれています。もっとも、本規則の文言上は、中国の補助金や中国企業に限って適用されるという規定ぶりにはなっておりません。また、欧州委職員作成の影響評価報告書※7では、本規則上の企業結合規制により年間30程度の事業者が影響を受ける可能性がある旨指摘されていましたが、実際の運用・執行として中国企業のみが対象になるかは不透明であり※8、違反時の制裁金の金額の大きさも考えると、日本企業であっても、形式的に規制対象に該当するような場合には、本規則に沿った対応をすることが必要だと考えられます。そのため、日本企業による取引にも、実務上、大きな影響を及ぼす可能性があります。
本規則は、企業結合に関して新たな事前届出義務を課すものですので、EU域内の法人を買収対象に含むM&A 取引を検討している企業は、従前の競争法に基づく企業結合届出や対内直接投資規制に基づく届出の要否に加えて、本規則に基づく届出の要否について確認を行う必要があります。上記のとおり、届出の基準となる「資金面での貢献」の金額の計算にあたっては、買収事業者グループと被買収事業者グループの双方に対するものが含まれますので、デュー・ディリジェンスにおける確認事項として、対象会社グループに対する第三国からの「資金面での貢献」及びその金額を含めるとともに、買収者グループの「資金面での貢献」の有無・金額についても、確認する必要があります。買収者側の情報については、そのグループ企業の数が多い場合等には確認に時間を要する可能性がありますので、平時から(M&A取引の検討を具体的に開始する前から)、予めグループ内の情報を収集しておくことも検討に値します。
EU外の企業にとっては、本規則に基づく企業結合届出及びEU競争法上の企業結合届出の双方を実施して、二つの審査を受けなければならないケースも出てくると考えられます(もっとも、二つの審査はいずれも欧州委競争総局内で審査されるため、同一局内の二つのケースチームが協働することが望ましく、そのような実務が期待されます。)。あるいは、競争法上は欧州委に届出不要であるものの、本規則に基づく事前届出は実施しなければならないケースも出てくると考えられます。
加えて、本規則に基づく届出義務が課される場合には、M&A関連契約において届出の実施及びクリアランスの取得を当該M&A取引の実行の前提条件の一つとして定めるべきだと考えられますが、当該M&A取引全体のタイムラインにも影響を与えますので、取引検討の初期段階から本規則に基づく届出義務の有無を考慮に入れる必要があると考えられます。
現状、特に「外国補助金」の定義・範囲が広汎かつ曖昧であることから、「外国補助金」の該当性及び金額の社内確認・精査に相当の手間を要すると考えられます。今後、本規則に関しては各種の実施細則が本年7月12日までに(47条1項・4項)、また幾つかのガイドラインが2026年1月12日までに策定予定であり(46条1項柱書)、これらによって「外国補助金」等の概念・範囲につき更なる明確化が図られる可能性もあると考えられ、これらのガイドライン・実施細則の策定状況を含めて今後も本規則を巡る動向に留意する必要があると考えられます。
※1
Regulation (EU) 2022/2560 of the European Parliament and of the Council of 14 December 2022 on foreign subsidies distorting the internal market OJ [2022] 330/1
※2
ただし、例えば企業結合につき本年7月12日より前に契約締結されたものなどについては適用されません(53条3項)。
※3
Regulation (EU) 2016/1037 of the European Parliament and of the Council of 8 June 2016 on protection against subsidised imports from countries not members of the European Union OJ [2016] L 176/55
※4
Regulation (EU) 2019/452 of the European Parliament and of the Council of 19 March 2019 establishing a framework for the screening of foreign direct investments into the Union [2019] OJ L 79 I/1
※5
Regulation 139/2004 on the control of concentrations between undertakings [2004] OJ L 24/1
※6
買収の場合は買収事業者及び被買収事業者、合併の場合は合併する(複数の)当事会社、JVの場合はJVを設立する(複数の)事業者及び当該JVを指すとされています。
※7
Commission Staff Working Document Impact Assessment Accompanying the Proposal for a Regulation of the European Parliament and of the Council on foreign subsidies distorting the internal market Brussels, SWD(2021) 99 final, p. 85
※8
関根豪政「外国補助金を受けた企業結合に対する規制―EUにおける取組と日本への示唆―」日本国際経済法学会年報第31号(2022年)205頁。
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