NO&T Infrastructure, Energy & Environment Legal Update インフラ・エネルギー・環境ニュースレター
今年6月13日、独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)は、CCS(Carbon dioxide Capture and Storage)事業の本格展開のため、2030年までの事業開始と事業の大規模化及び圧倒的なコスト削減を目標とする7つのCCS事業を、モデル性のある「先進的CCS事業」として選定し、公表した※1。
CCSは、分離回収された二酸化炭素(CO2)を地中又は海底下の貯留層に貯留する技術である。第6次エネルギー基本計画では、化石燃料の利用を継続しながらも大気中のCO2量の増加を回避又は抑制する仕組みとして、カーボンニュートラル社会の実現のカギと位置づけられている(同82頁)。国際的なシンクタンクであるGlobal CCS Instituteによれば、2022年9月時点で、既に世界で30の商業規模のCCS施設が稼働しており、その貯留能力は42.5百万トン/年にのぼるとされている※2。
しかし、一方で、国内においては、北海道苫小牧市において実施されたCCS実証事業が唯一の案件であり、未だ商業規模のCCS施設は存在しない。政府は、CCSの本格展開に向けた検討を急いでおり、今年2月に政府が公表した「GX実現に向けた基本方針~今後10年を見据えたロードマップ」でも、「2030年までのCCS事業開始に向けた事業環境を整備するため、模範となる先進性のあるプロジェクトの開発及び操業を支援するとともに、CO2の地下貯留に伴う事業リスクや安全性等に十分配慮しつつ、現在進めている法整備の検討について早急に結論を得て、制度的措置を整備する」と記していた(同13頁)。
今回のJOGMECによる先進的CCS事業の選定は、国内を中心とするCCS事業の本格展開に向けた大きな一歩となるものと期待される。
2050年カーボンニュートラルの達成に向け、省エネ、再生可能エネルギーの促進、水素・燃料アンモニアの導入、蓄電池の活用など、様々な技術が総動員されている。しかし、産業セクターによっては、省エネや脱炭素化が容易でない産業もあり、当面は、CO2の排出が避けられない分野も存在する。また、将来的な水素社会の実現に向け、水素・アンモニアのサプライチェーン構築に向けた官民の動きが活発化してはいるが、再エネを用いて水を電気分解して作られる水素(グリーン水素)の供給量が拡大するまでの過程では、水素を化石燃料の改質により製造しつつ製造過程で発生するCO2をCCSの技術を適用して回収する方法(ブルー水素)を活用することも求められる。
CCS事業は、製油所、発電所、化学プラントなどのCO2排出源から、アミンを用いた化学吸収法やエーテルを用いた分離吸収法などによってCO2を分離・回収し、(分離・回収場所が貯留適地から離隔している場合は貯留適地まで輸送した上で)地中又は海中の貯留層にCO2を貯留する技術である。もともと、CO2は、石油増進回収法(EOR:Enhanced Oil Recovery)、すなわち、生産効率が下がった油田などに対し、生産井から油層にCO2ガスを圧入することで原油を押し出し、原油を回収する目的でも活用されてきた。そのため、既稼働の大規模CCSプロジェクトの主流は、EORを目的とするものである。
こうしたEOR以外にも、CCSには、地中の帯水層と呼ばれる空間の多い地層にCO2を圧入することによって安定的にCO2を貯留する方法がある。産油国ではない日本の国内貯留プロジェクトに関して言えば、将来的には、帯水層貯留が主な手法となると考えられる。しかし、原油の回収効率を上げることで原油の産出により投資費用の回収を期待できるEORとは異なり、帯水層貯留の場合、現在のところは投資リターンを期待することができないため、帯水層貯留プロジェクトに必要な莫大な投下資本の回収を可能とする仕組みをどう構築していくかが問題となる。
2005年に実施された公益財団法人 地球環境産業技術研究機構(RITE)による調査と、2012年に実施された国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)及び国立研究開発法人 産業技術総合研究所(AIST)による調査によれば、国内には、最大約2,400億トン(国内の年間CO2排出量(2022年基準)の約200年分に相当)の貯留能力があるとされる。こうした貯留能力を最大限活用することを見据えつつ、カーボンニュートラル達成の切り札とされるCCS事業をどう早期に展開していくかが、大きな課題となっている。
第6次エネルギー基本計画では、CCSについて長期のロードマップを策定した上で、国内外のCO2貯留適地調査等を実施するとともに、事業化に向けた環境整備等を検討するとされていた(同87頁)。これを受けて、2022年1月に「CCS長期ロードマップ検討会」(以下「CCS検討会」という。)が組織され、約1年に亘る検討の結果、今年3月10日に、「CCS長期ロードマップ検討会 最終とりまとめ」(以下「最終とりまとめ」という。)が公表された。
最終とりまとめでは、2050年時点で想定される国内CCSの年間貯留量を約1.2億トン~2.4億トンとし、2030年からCCS事業の操業を開始すると仮定した場合、2050年までの20年間で、CO2圧入井を毎年12~24本ずつ増やしていく必要(CO2圧入井1本あたりの貯留可能量が50万トン/年と想定)があると推計している(同15頁)。
出典:CCS長期ロードマップ検討会「最終とりまとめ」15頁より抜粋
最終とりまとめでは、①CCS事業への政府支援、②CCSコストの低減に向けた取組み、③CCS事業に対する国民理解の増進、④海外CCS事業の推進、⑤CCS事業法(仮称)の整備に向けた検討及び⑥「CCS行動計画」の策定・見直しの6点を具体的なアクションとして定めている。そのうえで、2050年時点で年間約1.2億トン~2.4億トンのCO2貯留を可能とすることを目安として、2030年までをビジネスモデル構築期としてCCS事業の開始に向けた事業環境を整備する期間と設定し、2030年以降に本格的にCCS事業を展開するものとした。
下図は、最終とりまとめにおいて示された2050年に向けたCCS長期ロードマップの概要である。
出典:CCS長期ロードマップ検討会「最終とりまとめ」12頁より抜粋
CCS検討会が実施した事業者ヒアリングの結果、フィージビリティスタディ(FS)、試掘、建設期間等のリードタイムを勘案すると、政府が目標とする2030年までにCCS事業を開始するためには、遅くとも2026年度には、事業者にて最終投資決定(FID)を下す必要があることが明らかとなっている※3。
このような切迫する時間軸の中で、JOGMECは、今年3月~4月にかけ、令和5年度「先進的CCS事業の実施に係る調査」に関する委託調査業務の公募を実施し、先進的CCS事業として以下の7案件を選定した。今回選定された7案件の内訳は国内5案件及び海外2案件であり、国内案件の貯留エリアは北海道、東北・北陸、関東及び九州とバランスが図られ、排出源も、発電所、製鉄所、化学工場、石油精製所など複数の産業をカバーする形となっている。
事業名称 |
地域 (貯留方式) |
貯留量 (排出源) |
|
---|---|---|---|
1 | 苫小牧地域CCS事業 |
苫小牧地域 (油ガス田又は帯水層) |
約150万トン/年 (苫小牧地域製油所、発電所) |
2 | 日本海側東北地方CCS事業 |
日本海側東北地方ほか (海域帯水層) |
約200万トン/年 (全国を幅広くカバー。製鉄所、セメント工場及び貯留候補地の地場排出事業者) |
3 | 東新潟地域CCS事業 |
新潟県内 (既存油ガス田) |
約150万トン/年 (新潟県の化学工場、製紙工場、発電所) |
4 | 首都圏CCS事業 | 首都圏ほか(海域帯水層) |
約100万トン/年 (首都圏の製鉄所を含む複数産業) |
5 | 九州北部沖~西部沖CCS事業 |
九州北部沖~西部沖 (海域帯水層) |
約300万トン/年 (瀬戸内・九州をカバー。西日本の製油所、火力発電所) |
6 | マレー半島東海岸沖CCS事業 |
マレーシア マレー半島東海岸沖 (海域減退油ガス田、帯水層) |
約200万トン/年 (近畿・九州地域等の化学・石油精製を含む複数産業) |
7 | 大洋州CCS事業 |
大洋州(オセアニア) (海域減退油ガス田、帯水層) |
約200万トン/年 (中部(名古屋、四日市)の製鉄所を含む複数産業) |
出典:JOGMECウェブサイト(https://www.jogmec.go.jp/news/release/news_01_00034.html)をもとに筆者ら作成
上記7案件によるCO2の貯留量の合計は、約1,300万トン/年と見込まれている。2030年までに年間貯留量600万~1,200万トン/年の確保に目処をつけるという政府の目標達成に向け、ひとつのマイルストーンを達成した形となる。
CCS事業の本格展開に向けて急がれるのが、CCS事業法の整備である。現状、CO2の分離・回収、輸送、貯留というCCSのバリューチェーンを統括するルールが存在しないため、民間事業者にとっては予見可能性が乏しい状態となっている。技術的な規制面だけをみても、苫小牧の実証プロジェクトでは、地上設備に関しては、ガス事業法、高圧ガス保安法、消防法、電気事業法、労働安全衛生法などを適用し、圧入・貯留設備と圧入時の保安基準に関しては鉱業法及び鉱山保安法に準拠し、圧入井から先の海底下貯留に関するプロセスでは海上汚染防止法を適用するなどといったパッチワーク的な規制対応を行わざるを得なかった※4。
しかし、2050年時点での国内CCSの年間貯留量を年間約1.2億トン~2.4億トンにまで拡大するという目標を達成するためには、多額の投資を必要とするCCS事業のバリューチェーンをカバーする包括的なルールが必要であるし、貯留事業者の責任の限定※5などの実体的な問題にも対処する必要がある。
最終とりまとめにおいても、多額の投資を要するCCS事業の安定性を図るべく、CCSのバリューチェーンをカバーするCCS事業法を可能な限り早期に整備すべきであるとの提言がなされていた(同29頁)。最終とりまとめの別冊「CCS事業法(仮称)のあり方について」の中では、①分離・回収、輸送及び貯留対象となるCO2の法的な位置付け、②貯留事業者が第三者による妨害行為に対して物権的な排除請求権等を行使することができるようにするための貯留事業権(みなし物権)の創設、③ファイナンス調達の観点から、財団抵当の設定が可能となる貯留事業財団の創設、④保安上のリスクに対処する措置の整備、⑤分離・回収事業、輸送事業及び貯留事業それぞれの許認可の仕組み、⑥土地収用を含む土地の利用に関する規律、⑦貯留事業者の責任範囲のあり方など、多岐に亘る論点の整備が必要であることが浮き彫りにされている。
今後、最終とりまとめを踏まえ、政府がCCS事業法案をとりまとめていくことが予定される。なお、近時の報道※6によれば、今年秋の臨時国会においてCCS事業法案が国会提出される可能性が高いとの見方もあるようである。
今回の7つの先進的CCS事業の中に、2つの海外におけるCO2貯留案件が含まれていることも注目される。
政府は、アジア地域におけるCCUS(Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage)の拡大及び国際連携強化のため、日本の主導で、ASEAN諸国、米国及び豪州が参画する「アジアCCUSネットワーク」を2021年6月に構築している。国内の貯留適地の特定が道半ばである日本にとっては、インドネシアや豪州などの貯留適地が豊富とみられる国々に対してCO2を輸送し、同国内にてCO2を貯留する仕組みの整備も有望視される。
もっとも、CO2の国外輸送に関しては、ロンドン条約(廃棄物その他の物の投棄による海洋汚染の防止に関する条約)とロンドン条約1996年議定書(1972年の廃棄物その他の物の投棄による海洋汚染の防止に関する条約の1996年の議定書)などの国際条約による制約があり、現状では、海底下への投棄目的でのCO2の国外輸送を行うことはできないと考えられている。
今後、海外でのCO2貯留事業のためにCO2の国外輸送を円滑に行うためには、日本がロンドン条約1996年議定書第6条第2項の暫定的適用の宣言を行い、輸出国と受入国の間の二国間協定の締結が必要になるなど、克服しなければならない課題も多い。
今年6月16日に閣議決定された骨太の方針2023※7でも、「カーボンリサイクルやCCS、地熱を含め、各分野においてGXに向けた研究開発や設備投資、需要創出の取組を推進する」とされているところであり(同9頁)、CCSの本格的な展開に向け、ますます官民の動きが加速していくことが見込まれる。
CCS事業法案の動向やCO2の国外輸送に関するルール整備も含め、本格的に動き出しつつあるCCSプロジェクトの今後の動向に注視していく必要があろう。
※2
Global CCS Institute「Global Status of CCS 2022」7頁
※3
CCS長期ロードマップ検討会「中間とりまとめ」3頁
※4
経済産業省・NEDO・日本CCS調査株式会社「苫小牧におけるCCS大規模実証試験30万トン圧入時点報告書」173頁参照
※5
いわゆる「長期的責任の移管」の問題であり、貯留サイトからのCO₂漏洩による法的責任やモニタリングに関する責任等を一定期間の範囲に限定しその後の責任を政府等へ移管することによって民間事業者の参入障壁を下げる法制度が、EU、英国や豪州などでは既に整備されている。
※6
電気新聞2023年6月14日号1面
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