大久保涼 Ryo Okubo
パートナー(NO&T NY LLP)/オフィス共同代表
ニューヨーク
NO&T U.S. Law Update 米国最新法律情報
2023年10月10日、米国証券取引委員会(以下「SEC」といいます。)は、株主及び市場に対する透明性をより高め、タイムリーに情報を提供するために、1934年米国証券取引所法(以下「証券取引所法」といいます。)第13条(d)及び第13条(g)に基づく大量保有報告に関する規則の改正(以下「本改正」といいます。)を公表しました※1。本改正は、SECが2022年2月10日に公表した改正案※2(以下「本改正案」といいます。)に基づくもので、その後のパブリックコメントを経て最終化されました。本改正により、1933年米国証券取引法(以下「証券取引法」といいます。)に基づきSEC登録をしている企業(主に上場企業)に関連するM&A、資本提携、投資、デリバティブ等の取引に関して実務上影響が生じることになりますので、本ニュースレターではそのポイントについてご紹介します。
証券取引所法第13条(d)及び第13条(g)は、証券取引法に基づく登録を行った、議決権を表示する有価証券(典型的には上場会社の株式)の5%超の実質的保有権(beneficial ownership)を有する投資家に対し、一定の保有内容を報告することを義務付けています。その報告様式にはスケジュール13Dとスケジュール13Gの2つがあり、支配の意思を持つ投資家はスケジュール13Dを提出し、支配の意思を持たない一定の投資家(適用除外投資家(Exempt Investors)※3、適格機関投資家(Qualified Institutional Investors)※4及びパッシブ投資家(Passive Investors)※5)はスケジュール13Gを提出することになっています。スケジュール13Dにおいては、スケジュール13Gと比較して、発行者に関する計画や提案、発行者の発行する証券についての取引や合意内容など、スケジュール13Gよりも詳細な情報の開示が求められています。
この大量保有報告制度については、50年以上前に制度化されて以降大きな改正はありませんでしたが、現代の市場はスピード感がより一層増していること等に鑑み、取得又は変更後の提出期限を短縮することで市場における情報の非対称性を減少させることなどを目的として、制度を大きく見直す本改正が行われました。本改正の主なポイントは、①各報告期限の短縮等及び報告フォーマットの変更、②デリバティブ取引(特に現金決済型デリバティブ取引)に関する指針の公表、③「共同保有者(group)」該当性に関する指針の公表です。以下、それぞれのポイントを解説します。
本改正により、スケジュール13Dとスケジュール13Gの報告期限等が以下の新旧対照表のとおり改正されます(下線は改正箇所を示しています。)。
スケジュール13D | スケジュール13G | |||
---|---|---|---|---|
改正前 | 改正後 | 改正前 | 改正後 | |
初回報告の報告期限 | 5%を超える実質的保有権を取得した後、又はスケジュール13Gを提出する資格を失った後、10日以内※6 | 5%を超える実質的保有権を取得した後、又はスケジュール13Gを提出する資格を失った後、5営業日以内※6 | 適格機関投資家(5%超10%以下)及び適用除外投資家:実質的保有権が5%を超えた年の末日(12月末日)から45日以内※7 | 適格機関投資家(5%超10%以下)及び適用除外投資家:実質的保有権が5%を超えた各四半期の末日から45日以内※7 |
適格機関投資家(10%超):実質的保有権が10%を超えた月の末日から10日以内※8 | 適格機関投資家(10%超):実質的保有権が10%を超えた月の末日から5営業日以内※8 | |||
パッシブ投資家:5%を超える実質的保有権を取得した後10日以内※9 | パッシブ投資家:5%を超える実質的保有権を取得した後5営業日以内※9 | |||
変更報告の提出期限 | 直近のスケジュール13Dに記載の事実に重大な変更(material change)があった場合、変更報告の提出事由が発生した後速やかに※10 | 直近のスケジュール13Dに記載の事実に重大な変更(material change)があった場合、変更報告の提出事由が発生した後2営業日以内※10 | 全ての報告者:変更(any change)があった年の末日(12月末日)から45日以内※11 | 全ての報告者:重大な変更(material change)があった各四半期の末日から45日以内※11 |
適格機関投資家(10%超):初めて実質的保有権が10%を超えた月の末日及びその後のある月末において5%の増減があった場合の当該月末から10日以内※12 | 適格機関投資家(10%超):初めて実質的保有権が10%を超えた月の末日及びその後のある月末において5%の増減があった場合の当該月末から5営業日以内※12 | |||
パッシブ投資家:初めて実質的保有権が10%を超えた場合及びその後5%の増減があった場合、速やかに※13 | パッシブ投資家:初めて実質的保有権が10%を超えた場合及びその後5%の増減があった場合、2営業日以内※13 |
上記のとおり、大量保有報告の報告期限は全体的に短縮されていますが、報告期限の日における具体的な時間的期限(いわゆる「カットオフ」時間)は、改正前は午後5時30分(米国東部標準時間)であったのに対して※14、改正後は午後10時(米国東部標準時間)と延長されることになっています※15。
投資家や他の市場参加者が開示された情報にアクセスし、まとめ、分析することを容易にするために、本改正後は、報告義務者は、これまでのHTML又はASCIIフォーマットではなく、XMLフォーマットにより報告を行うよう義務付けられます。
証券取引所法上、実質的保有者(beneficial owner)及び実質的保有権(beneficial ownership)という用語は定義されていないところ、近年、現金決済型デリバティブ証券を保有する投資家が、議決権の行使や発行者の証券の大量売却等を行うようにデリバティブ取引の相手方に対して圧力を加え、発行者に対して影響力や支配力を行使する可能性がある点を捉え、実質的所有者の範囲に含まれるのかどうかが論点となっていました。そこで、SECは本改正案において、現金決済型デリバティブ取引が大量保有報告の対象となる「実質的保有権」に含まれることを規則上明確にすることを提案していました。しかしながら、この提案はアクティビストの活動を制限するものであるなどの多数の批判的コメントが寄せられました。これを踏まえて、SECは上記内容を規則化することを見送り、現金決済型デリバティブの実質的保有者向けの指針を公表するにとどめました。当該指針によれば、現金決済型デリバティブの保有者は、以下のいずれかに該当する場合、関連する証券の実質的保有者として扱われることになります。
スケジュール13Dの第6項では、報告義務者に対して、「発行者の証券に関するあらゆる契約、取決め、理解又は関係(法的か否かを問わない)を記載すること」を求めており、そのような契約、取決め、理解又は関係を例示列挙しています。もっとも、この例にはデリバティブ証券は含まれておらず、また①デリバティブ取引を通じて保有されるのは、一般的には純粋に経済的な利害関係のみであり、法的な所有権ではないこと、②発行者の証券は参照証券として利用されているに過ぎないことから、報告義務者はデリバティブ証券の保有を発行者の証券「に関する」契約として報告すべきかという点について、従前から疑義がありました。そこでSECは、発行者の証券に関して重要な利害関係を持つ人物や潜在的な支配意図を有する者に関する情報開示を促し、市場の透明性を高めることを目的として、本改正においてスケジュール13Dの第6項を改正し、現金決済型デリバティブや証券スワップを含め、発行者の証券に関するあらゆるデリバティブ契約は、スケジュール13Dの第6項で開示する必要があると明示しました。さらに、本改正では、同項における「を含むがこれに限られない(including but not limited to)」という文言が削除され、契約、取決め、理解及び関係の例示を限定列挙とし、開示する必要のある契約等の明確化を図っています。
証券取引所法第13条(d)(3)及び第13条(g)(3)は、2人以上の者がある発行者の証券を取得し、保有し、又は売却する目的で「共同保有者(group)」として行動する場合、このような共同保有者を1人の者として扱い、当該発行者の証券の保有比率を判断するとしています。しかし、この「共同保有者」という用語は、法令においても規則においても定義されていません。このような経緯を踏まえて、SECは本改正案において、①共同保有者かどうかは、明示の合意の存在によってのみ決定されるものではなく、個別の事実と状況を勘案し、2人以上の者がある発行体の証券を取得し、保有し、又は売却する目的をもって一緒に行動したと認定できる場合には、共同保有者となること、及び②ある者がスケジュール13Dに基づく大量保有報告を提出するという未公表の情報に基づき、その大量保有報告に係る有価証券の買付けを行った場合には共同保有者として認定されることなどを規則上明確にすることを提案していました。しかしながら、この改正案に対しては、パブリックコメントにおいて共同保有者として行動する合意、取決め、相互理解、共同行為等がないにもかかわらず共同保有者として認定されてしまうことがあり得るのではないかなどの反対意見も寄せられました。これを踏まえて、SECは上記内容を規則化することを見送り、共同保有者の範囲を明確にするための指針を公表するにとどめました。当該指針の概要は以下のとおりです。
SECは、共同保有者該当性は全ての関連する事実と状況を分析し、ある発行者の証券を取得し、保有し、又は売却する目的で一緒に行動したかどうかを個別に判断する必要があり、明示の合意があるか否かという事実や、2人以上の者が似たような行動をとったという事実のみをもって結論付けることはできないと説明しています。したがって当該指針によれば、①明確な合意だけでなく、黙示の合意、取決め、相互理解等が関連する事実と状況から判断できれば形式は問わないこと、②共同保有者に該当するためには「ある発行者の証券を取得し、保有し、又は売却する目的」という主観的な要件が重要であることになります。
SECは、この指針の中で、共同保有者該当性の明確化を図ることが株主間や発行者との対話に対して萎縮効果を与えるのではないかという懸念に対処するため、株主によるこのような活動が共同保有者に該当することになるのかどうか、典型例をいくつか使用してQ&Aを公表しました。その概要は以下のとおりです。
SECは、本改正において、上記(1)記載の一般的な解釈指針に基づき、投資家と金融機関の間の、関連する証券の取得、保有又は売却を目的としない、通常の業務の範囲内で行われるデリバティブ取引に関連する契約については、共同保有者には該当しないという見解を示しています。
本改正は、連邦官報(Federal Register)に掲載された日である2023年11月7日から90日後の2024年2月5日に発効し、原則として発効とともに即時に効力が生じます。ただし、例外として、改正後のスケジュール13Gの提出期限については2024年9月30日に効力が生じ、XMLフォーマットでの提出については2024年12月18日に効力が生じます。
日本の金融商品取引法(以下「金商法」といいます。)上の大量保有報告制度は、もともとSECの大量保有報告制度を参考に制度化されたものですが、ニッポン放送の経営支配権をめぐる攻防を受けて行われた2006年の法改正によって、提出期限については既にSECの本改正と概ね同程度に短く設定されています※16。
もっとも、2006年以降、日本の大量保有報告制度は大きな改正が行われていないことから、2023年6月から金融庁の金融審議会「公開買付制度・大量保有報告制度等ワーキング・グループ」において大量保有報告制度の見直しについて議論が進められています※17。見直しが必要とされる事項のうち、本改正との関係で注目に値するのは、①共同保有者の範囲の明確化と②デリバティブ取引の取扱いです。①については、近年株主間の協働エンゲージメントが活発化しているところ、例えば協働エンゲージメントに参加したある投資家が株主提案を行った場合に、他の参加株主が当該株主提案に賛成すると共同投資家に該当してしまうのではないかという懸念が指摘されており、共同投資家の限定又は明確化が議論の中心となっています。また、②については、現行の大量保有報告制度上原則として捕捉されていないエクイティ・デリバティブのロングポジションについても、大量保有報告制度の適用対象となるよう制度を改正すべきとの指摘があり、その点を制度上明確化するかどうかが議論されています。そして、この議論の中では、SECによる本改正が諸外国の動きとして言及されています。
上記のとおり、SECによる本改正では、SECの規則中における明確化という当初のSECの提案は採用されず、SECによる解釈指針の公表にとどまりました。それでも本改正の中で、適用例を含めて「共同保有者」の範囲を一定程度明確にしたこと、デリバティブ取引も大量保有報告の対象となる「実質的保有者」に含まれることを明確にしたことは、法令上明確化するかガイドラインとして示すかなどの法形式を含め、今後日本における大量保有報告制度の見直しの議論に影響を与える可能性が高いと考えられます。
本改正の内容は多岐に渡りますが、特に報告期限の短縮については、これまでの長年行われてきた実務のスピード感を変えるものとして、実務上大きな影響があるといえます。また、例えばこれまで年に1回要件該当性を確認すれば足りたスケジュール13Gによる報告者は、本改正後は四半期に1回の確認が必要となるなど、本改正を踏まえた事務手続きの見直しが必要となります。したがって、証券取引法に基づきSEC登録をしている企業(主に上場企業)に関連するM&A、資本提携、投資、デリバティブ等の取引を行う場合及び既に行っている場合、上記のデリバティブ取引に関する指針や「共同保有者」該当性に関する指針も含め、本改正の内容を正しく理解しておく必要があります。
また、上記のとおり、本改正が日本の大量保有報告制度の見直しに与える影響についても小さくないと考えられますので、本改正の内容を踏まえて、日本における議論についても今後注視していく必要があります。
※3
証券取引所法第13(d)条で捕捉されない態様で当該種類の株式の5%超を保有するに至った投資家(典型的には、発行体が当該種類の株式の登録をする前から当該種類の株式を5%超保有していた投資家や会社による自己株買いにより5%超を保有することとなった投資家)をいいます(証券取引所法第13条(d)(6)(D)及びSECの定める証券取引所法規則(以下「証券取引所法規則」といいます。)13d-1(d))。
※4
証券取引所法規則13d-1(b)(ii)に列挙される一定の投資家(例えば、銀行、登録投資会社、投資顧問会社、ブローカー又はディーラー、保険会社など)であって、発行者の支配権を変更したり、影響を与えたりする目的及び効果を持たず、又はそのような目的や効果を持つ取引によらず、通常の業務過程において有価証券を取得、保有する者をいいます(証券取引所法規則13d-1(b))。
※5
報告対象の種類の株式の保有割合が20%未満であり、発行者の支配権を変更したり、影響を与えたりする目的及び効果を持たず、又はそのような目的や効果を持つ取引によらず、有価証券を取得、保有する者(適格機関投資家を除く)をいいます(証券取引所法規則13d-1(c))。
※6
証券取引所法規則13d-1(a)、(e)、(f)及び(g)
※7
証券取引所法規則13d-1(b)及び(d)
※8
証券取引所法規則13d-1(b)
※9
証券取引所法規則13d-1(c)
※10
証券取引所法規則13d-2(a)
※11
証券取引所法規則13d-2(b)
※12
証券取引所法規則13d-2(c)
※13
証券取引所法規則13d-2(d)
※14
Regulation S-Tの規則13(a)(2)
※15
Regulation S-Tの規則13(a)(4)
※16
例えば、スケジュール13Dに相当する通常の大量保有報告の報告期限は5営業日以内となっており(金商法27条の23第1項)、また一定の金融機関や機関投資家が利用可能なスケジュール13Gに相当する特例報告については、月2回の基準日時点で提出の要否を判断し、当該基準日から5営業日以内に報告する必要があります(金商法27条の26第1項、第3項)。
本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。
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