
服部薫 Kaoru Hattori
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ニュースレター
フリーランス・事業者間取引適正化等法の概要(2024年2月)
フリーランス・事業者間取引適正化等法に基づくフリーランスの就業環境の整備 ―関連施行令、関連施行規則、関連指針、解釈ガイドライン等の公布・公表を受けて―(2024年6月)
2024年11月1日、「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」(フリーランス・事業者間取引適正化等法)(令和5年法律第25号。以下、「フリーランス保護法」といいます。)が施行されます。本ニュースレターでは、フリーランス保護法の施行日が目前に迫っていることを踏まえ、2024年5月31日に公表された「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律の考え方」(令和6年5月31日公正取引委員会・厚生労働省。以下、「解釈ガイドライン」といいます。)や、「「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律施行令(案)」等に対する意見の概要及びそれに対する考え方」(以下、「パブコメ回答」といいます。)も踏まえ、同法の適用対象及び同法における取引の適正化に関する規制(下請法に準じる規制)を中心に、実務対応のポイントを解説します。
なお、フリーランス保護法における就業環境の整備に関する規制(労働者類似の保護法制)に関するポイントについては、2024年6月に発行した労働法ニュースレターNo.15・独占禁止法・競争法ニュースレターNo.33「フリーランス・事業者間取引適正化等法に基づくフリーランスの就業環境の整備 ―関連施行令、関連施行規則、関連指針、解釈ガイドライン等の公布・公表を受けて―」にてご紹介しておりますので、併せてご参照ください。
フリーランス保護法の施行に備えた準備として、まず重要となるのがフリーランス保護法の適用対象の確認です。同法は、フリーランス(同法の「特定受託事業者」)と発注事業者(同法の「業務委託事業者」)との間の「業務委託」に係る取引に適用されますが、適用対象の確認にあたっては、実務上、以下の点に留意が必要です。
同法の適用対象となる「特定受託事業者」(フリーランス)は、業務委託の相手方である事業者で、従業員を使用しないものをいうとされています(同法2条1項)。このため、同法の適用対象の確認にあたっては、業務委託の相手方が「従業員を使用」しているか否かの確認が必要になります。
解釈ガイドラインでは、「従業員を使用」に該当するか否かの考え方について、以下のとおり説明されています(解釈ガイドライン第1部1(1))。
パブコメ回答では、次の考え方が示されています。
業務委託の発注時点及び業務委託契約の更新時点で業務委託の相手方が「従業員を使用」している場合は、その後の従業員の使用状況の変動にかかわらず、その業務委託にはフリーランス保護法の適用はないとされています(上記(2)の1点目及び2点目)。したがって、同法の適用対象となる取引を誤って適用対象外と判断してしまうことのないようにする観点からは、従業員の使用の有無の確認は、業務委託の発注時点及び業務委託契約の更新時点で行えばよいと考えられます。
従業員の使用の有無の確認方法については、電子メール等の記録に残る方法で確認することが望ましいといえます。もっとも、発注事業者の業務委託取引の状況によっては、全ての業務委託の相手方に対してそのような確認を行おうとすることは、多大な作業負担が発生し、実務上困難な場合もあると考えられます。また、「従業員を使用」の定義は複雑であるため、たとえ発注事業者がその定義を正しく理解して業務委託の相手方に従業員の使用の有無の問い合わせを行った場合でも、業務委託の相手方から事実と異なる回答を得てしまい、発注事業者が意図せずフリーランス保護法に違反することとなってしまう可能性は否定できません。パブコメ回答によれば、そのような場合でも、発注事業者は、同法上の指導・助言(行政指導)の対象となることがあるとされています(パブコメ回答1-2-19から1-2-22)。このため、1つの実務対応の例として、「従業員を使用」していない可能性のある業務委託の相手方は、保守的に全てフリーランス保護法の適用対象とみなすという対応が考えられます。具体的には、下請法の適用を受けているために下請法遵守体制が既に整っている発注事業者においては、業務委託の相手方が個人事業主の場合は、全てフリーランス保護法の適用対象とみなし、業務委託の相手方が法人の場合は、その法人が同法の適用対象となるいわゆる一人社長の法人である可能性が否定できない法人について従業員の使用の有無の確認を行うという方法を採ることが合理的である場合もあると考えられます。
フリーランス保護法の適用対象となる「業務委託事業者」(発注事業者)は、同法の「特定受託事業者」(フリーランス)に業務委託をする事業者をいうとされています(同法2条5項)。また、「業務委託事業者」のうち従業員を使用するものは「特定業務委託事業者」と定義され(同法2条6項)、「業務委託事業者」よりも多くの規定を遵守すべき義務を負うものとされています。
ここで、「業務委託事業者」は、実質的な概念であり、たとえ形式的には業務委託の発注事業者ではない事業者であっても、「業務委託事業者」に該当すると判断される場合があることに留意する必要があります。すなわち、解釈ガイドラインは、次のように述べています。
例えば、「業務委託事業者」と「特定受託事業者」を仲介している事業者については、上記の考慮要素の総合判断の結果、「業務委託事業者」に該当すると判断され、フリーランス保護法の適用対象となる場合があると考えられます(パブコメ回答1-2-44)。
フリーランス保護法の適用対象となる「業務委託」は、事業者がその事業のために他の事業者に物品の製造、情報成果物の作成又は役務の提供を委託することをいうと定義されています(同法2条3項)。このうち、役務の提供委託については、下請法と異なり、発注事業者が他者に提供する役務の提供委託に限らず、発注事業者が自ら用いる役務の提供委託も含まれるほか、建設工事も含まれます。また、「業務委託」への該当性は、業務に従事する者の働き方の実態に即して判断されますので、契約名称が「業務委託」であっても、 指揮命令・監督を受けるなど働き方の実態が労働者である場合は、同法は適用されず、労働基準法等の労働関係法令が適用されることになります。
フリーランス保護法は、業務委託をすることについて同法施行後に合意をした業務委託に適用されるものであり、同法施行前に合意をした業務委託は、同法施行後に給付を受領し、又は役務の提供を受ける場合であっても、同法の適用はありません。ただし、同法施行前に合意をした業務委託について、同法施行後に契約の更新を行う場合には、新たな業務委託があったものとして、更新後の業務委託に同法が適用されます(パブコメ回答4-14)。
国又は地域をまたがる業務委託については、その業務委託の全部又は一部が日本国内で行われていると判断される場合には、フリーランス保護法が適用されます(パブコメ回答1-1-12)※1。
フリーランスに係る取引の適正化に関する規制として、書面等による取引条件の明示(フリーランス保護法3条)、報酬支払期日の設定・期日内の支払(同法4条)、特定業務委託事業者の遵守事項(同法5条)が規定されています。これらの規定は、基本的には下請法に準じる規制となっています。このため、下請法遵守体制が既に整っている発注事業者においては、基本的には既存の下請法遵守体制を活用することで足りる一方、下請法の規制との違いには留意が必要です。
業務委託事業者は、特定受託事業者(フリーランス)に対し業務委託をした場合は、原則として直ちに、以下の事項を、書面又は電磁的方法により明示しなければならないことが定められています(同法3条1項本文、「公正取引委員会関係特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律施行規則(公正取引委員会規則第三号)」1条1項各号)。
上記の明示事項は、下請法上の取引条件の明示事項(3条書面の記載事項)と基本的に同様ですが、フリーランス保護法では、下請法と異なり、報酬のデジタル払い(資金移動業者の口座への支払)をする場合の明示事項が定められています(上記⑧)。また、上記の各事項を明示する方法については、下請法と異なり、業務委託の相手方の承諾なく、電子メール等の電磁的方法で明示することができます。
特定業務委託事業者(発注事業者)は、発注した物品等の内容の検査をするかどうかを問わず、原則として、当該物品等を受領した日から起算して60日以内のできる限り短い期間内で報酬の支払期日を定め、その支払期日までに報酬を支払わなければならないことが定められています(同法4条1項及び5項)。もっとも、下請法と異なり、下記(2)の例外があります。
特定業務委託事業者(発注事業者)が、他の事業者(元委託者)から業務委託を受けて、その業務(元委託業務)を特定受託事業者(フリーランス)に再委託した場合は、①再委託である旨、②元委託者の氏名又は名称、③元委託業務の対価の支払期日を明示した場合に限り、例外的に、再委託の報酬の支払期日については、元委託の支払期日から起算して30日以内のできる限り短い期間内で定めて、その支払期日までに支払わなければならないとされています(同法4条3項及び5項)。
この例外規定の趣旨は、再委託の場合にも一律に上記(1)の原則ルールを適用することで特定業務委託事業者の資金繰り悪化や特定受託事業者への発注控えが生ずることを防止する目的で、上記(1)の原則ルールに比べて支払期日の延期を可能とすることにあります(解釈ガイドライン第2部第2の1(2)イ(ア))。このため、この例外規定は、必ず適用を受けなければならないものではありません。営業秘密の観点等から、特定業務委託事業者が、元委託者の情報を特定受託事業者に示すことを望まない場合には、再委託の場合の例外の規定の適用を受けないことは可能です(パブコメ回答2-2-18)。
特定業務委託事業者(発注事業者)は、1か月以上継続する業務委託をした場合は、以下の7つの行為を行ってはならないものと定められています(同法5条)。
上記の7つの禁止行為は、フリーランスとの取引に係る実態調査の結果で多く問題が確認されたものなどを中心に定められたものであり※2、下請法上、親事業者の遵守事項(下請法4条)として列挙されている行為に準じる内容となっていますが、下請法においては禁止されている有償支給原材料等の早期決済の禁止(同条2項1号)及び割引困難手形の交付の禁止(同条2項2号)に相当する規定はありません。
なお、上記④の買いたたきについては、独占禁止法上の優越的地位の濫用及び下請法上の買いたたきと同様に、政府の価格転嫁円滑化の取組の一環として、厳しい取締りの対象となることが想定されることに留意が必要です※3。例えば、下請法上の買いたたきについては、2024年5月27日に下請法運用基準が改正され、価格の据え置きも下請法上の買いたたきに該当し得ることが明確化されましたが※4、フリーランス保護法上の買いたたきにおいても、上記の下請法運用基準の改正内容と同内容の解釈が採用されており、価格の据え置きも買いたたきに該当し得るとされています(解釈ガイドライン第2部第2の2(2)エ(ア)及び同(ウ)の⑨⑩)。
近時、働き方の多様化が進展し、従業員が副業として他社から業務委託を受ける例や、専門的な知識や経験を活かして独立起業し、フリーランスとして働く例が増えており、企業が、フリーランスと取引を行うケースは今後ますます増加することが予想されます。フリーランス保護法の施行日である本年11月1日は目前に迫っています。下請法遵守体制が既に整っている発注事業者においても、フリーランス保護法の適用対象を正確に理解した上で、既存の下請法遵守体制を活用することで足りる部分とそうでない部分の確認を行い、同法の施行に向けて万全の準備を整えておく必要があります。フリーランス保護法の施行に向けた準備にあたって、本ニュースレターをお役立ていただければ幸いです。
※1
フリーランス保護法案の国会審議では、「業務委託の全部又は一部が日本国内で行われていると判断される場合」について、政府から、①日本に居住するフリーランスが海外に所在する発注事業者から業務委託を受ける場合や、②海外に居住するフリーランスが日本に居住する発注事業者から業務委託を受ける場合について、委託契約が日本国内で行われたと判断される場合や、③業務委託に基づきフリーランスが商品の製造やサービスの提供等の事業活動を日本国内で行っていると判断される場合の3つが挙げられています(第211回国会参議院本会議第17号令和5年4月21日)。
※2
岡田博己ほか「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」公正取引873号34頁
※3
公正取引委員会及び中小企業庁長官は、①業務委託事業者に対する指導・助言(フリーランス保護法22条)のほか、②業務委託事業者その他の関係者に対して報告徴収・立入検査(同法11条1項・2項)を行うことができます。また、公正取引委員会は、違反行為を認定した場合は、③違反の是正等の措置の勧告をすることができ(同法8条)、勧告に従わない場合には、④命令・公表を行うことができます(同法9条)。また、上記②の報告徴収・立入検査に関して報告懈怠、虚偽報告又は検査妨害を行った場合、及び、上記④の命令に違反した場合には、 刑事罰として50 万円以下の罰金が定められています(同法24条。なお、同法25条にいわゆる両罰規定があります。)。
※4
公正取引委員会「「下請代金支払遅延等防止法に関する運用基準」の改正について」(2024年5月27日)
本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。
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