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欧州オムニバス法案やトランプ政権の動向が示唆する「ビジネスと人権」の行方

NO&T Compliance Legal Update 危機管理・コンプライアンスニュースレター

※本ニュースレターは情報提供目的で作成されており、法的助言ではありませんのでご留意ください。また、本ニュースレターは発行日(作成日)時点の情報に基づいており、その時点後の情報は反映されておりません。特に、速報の場合には、その性格上、現状の解釈・慣行と異なる場合がありますので、ご留意ください。

1. はじめに

 「ビジネスと人権」の法制化については、2024年中に、欧州において大企業にサプライチェーンの人権・環境デュー・ディリジェンスを義務付ける企業持続可能性デュー・ディリジェンス指令(CSDDD)や強制労働製品のEU域内での流通等を禁止する規則が成立するなど、法制化を推進する方向での大きな動きがありました※1

 一方で、2025年に入り、欧州では、企業の競争力低下やCSDDD等に基づく広範な義務を遵守することの負担に対する懸念などを踏まえて、後述するとおり、欧州委員会からオムニバス法案による簡素化の提案がなされる動きが見られます。また、米国ではトランプ政権下において様々な政策転換がなされるなどの動きが並行して存在しています。

 本ニュースレターでは、これらの欧米の近時の動向についての概要を説明するとともに、これらの動向を受けた日本企業に求められる「ビジネスと人権」に関わる対応についてご紹介します。

2. オムニバス法案におけるCSDDDへの主な変更点

(1) オムニバス法案の提案に至る経緯等

 欧州委員会は、2025年2月26日、オムニバス法案(Simplification Omnibus package)を公表しました※2。オムニバス法案は、欧州の競争力を強化し、企業の成長が過度の規制により阻害されないようにする観点から複数の指令・規則を簡素化するもので、CSDDDのほか、タクソノミー規則、炭素調整メカニズム(CBAM)、企業の開示義務に関する企業持続可能性デュー・ディリジェンス指令(CSRD)、EU投資プログラムの簡素化が含まれます。このうちCSDDDについては、対象企業に対する人権・環境デュー・ディリジェンスの実施義務等が一部軽減される形の提案がなされており、主要な変更点は以下のとおりです。

(2) CSDDDに関する主要な変更点

ア 施行日の1年延期

 オムニバス法案は、CSDDDの加盟国への法整備期限を1年延長し2027年7月26日までとすること、及び対象企業に対する最も早い適用開始日を1年延期することを提案しています※3。すなわち、2024年7月25日に発効したCSDDD(以下「採択版CSDDD」といいます。)では、以下のとおり企業の規模ごとに適用開始時期が分かれていたところ、オムニバス法案ではグループ①の適用開始を1年延期することが提案されています(グループ②以降の企業については変更されていません)。

採択版CSDDDによる
適用開始日
オムニバス法案による
変更
グループ①

  • 世界での売上高が15億ユーロ超、かつ従業員数が5,000人超のEU企業
  • EU域内での年間純売上高が15億ユーロ超のEU域外企業
2027年7月26日 2028年7月26日に延期
グループ②

  • 全世界での売上高が9億ユーロ超、かつ従業員数が3,000人超のEU企業
  • EU域内での年間純売上高が9億ユーロ超のEU域外企業
2028年7月26日 変更なし
グループ③

  • 全世界での売上高が4億5,000万ユーロ超、かつ従業員数が1,000人超のEU企業
  • EU域内での年間純売上高が4億5,000万ユーロ超のEU域外企業
2029年7月26日 変更なし

 オムニバス法案では、併せて、欧州委員会が必要なガイドラインを2026年7月26日までに制定するよう前倒しすることで企業がより余裕をもって準備できるようにすることが提案されています。

イ デュー・ディリジェンスの対象の限定

 CSDDDは対象企業に求められるデュー・ディリジェンスとして、人権・環境リスクが生じやすい部分を特定するためのリスクマッピングを行った上で当該部分についての詳細な分析を行うことを求めています。オムニバス法案においては、企業がこのようにデュー・ディリジェンスの一環として詳細な分析を行う義務を、自社、子会社、及び直接的な取引先に限定し、間接的な取引先に対するアセスメントはデュー・ディリジェンスを必要とすることを示唆する、信用できる情報がある場合※4に限ることが提案されています。採択版CSDDDでは直接・間接取引先の区別なくデュー・ディリジェンス義務が定められていましたが、オムニバス法案における上記の修正点は、複雑なバリューチェーンにおいてこれらの要求を満たすことが現実的に困難であるとの懸念の声があったことに対応するものとしています。このようなオムニバス法案における枠組みは、すでに施行されているドイツのサプライチェーン・デュー・ディリジェンス法においてとられているアプローチに類似しているといえます※5

ウ ステークホルダーの定義等の限定

 CSDDDでは、デュー・ディリジェンスのプロセスにおけるステークホルダーとの対話等を広範に求めているところ、オムニバス法案においては、「ステークホルダー」の定義を限定し、労働者とその代表者、及び会社・子会社・取引先の製品、サービス、又は事業によって「直接」影響を受ける可能性のある個人とコミュニティに限定することが提案されています。そのため、同提案によれば、採択版CSDDDでステークホルダーに含まれていた消費者、取引先の従業員、市民社会組織などの関係者は「ステークホルダー」からは除外されることになります。また、オムニバス法案では、ステークホルダーの関与を必要とする段階を削減するとともに、「関連する」ステークホルダーとの対話が必要であることを明確にしています。

エ モニタリングの頻度の延長

 CSDDDでは、デュー・ディリジェンス・プロセスの実施とその有効性を評価するための評価を定期的に行うことを求めているところ、オムニバス法案ではこのようなモニタリングの頻度を1年から5年に延長し、重大なリスクが発生した場合にのみその都度評価が必要となることとしています。

オ 取引関係を終了する義務の削除

 採択版CSDDDでは、他のすべてのデュー・ディリジェンス手段を尽くしても奏功せず、深刻な悪影響がある場合に、対象企業が最後の手段として取引を解除して取引関係を終了することを義務付けています。これに対し、オムニバス法案では、企業に対する義務の負担軽減の観点から、深刻な悪影響を是正するまでの間に取引関係を一時停止する義務を維持しつつも、取引関係を終了させる義務を削除しています。

カ 民事責任の枠組みに関する修正

 採択版CSDDDではCSDDDに基づくデュー・ディリジェンス義務の不履行等に関する対象企業の民事責任を定めているところ、オムニバス法案では、EU全体の民事責任制度が廃止され、企業は各EU加盟国の法律の下で責任を負うことが提案されています。これは、各国における既存の法的責任の枠組みを尊重するものである旨説明されており、CSDDD義務違反の場合の民事責任を免責するものではなく、あくまで各加盟国の法律に基づいた民事責任の枠組みになることを目指すものと考えられます。

(3) 今後の流れ

 オムニバス法案は今後欧州議会とEU理事会において審議されることになります。このうち、CSDDDの各国法への移管と適用開始時期の1年延期(いわゆる「ストップ・ザ・クロック」部分)については、2025年3月26日にEU理事会が賛同する旨を公表しており※6、承認される可能性が高いと考えられます。一方、その他のオムニバス法案の内容が採択されるか否かについては不透明であることから、採択版CSDDDからの修正の有無やその内容については引き続き注視する必要があります。

3. トランプ政権の動向

 米国ではトランプ政権発足後、様々な政策転換がなされています。このうち、DEI(多様性政策)については、これまでのバイデン政権下でのDEI推進の流れから転換を迫る大統領令が発令されており、この点はニュースレター「企業におけるDEI(多様性)施策の転換を迫る米大統領令の発令と仮差止命令」(NO&T U.S. Law Update ~米国最新法律情報~ No.140(2025年3月))※7をご参照いただければと思います。

 一方で、トランプ政権下では、ウイグルでの強制労働製品の輸入禁止を推進するマルコ・ルビオ氏が国務長官として選任されており、米国において従来積極的に執行されていた、強制労働により全部又は一部が製造等された製品の輸入に関する関税法やウイグル強制労働防止法に基づく規制は維持されることが見込まれます。実際に、当局であるCBPが2025年3月12日に公表した直近(同年2月)の統計※8でも、上記各法令に基づき、強制労働の疑いがあるとして973万ドル以上に相当する1,024件の貨物の輸入を差し止めたことが公表されています。米国政府の今後の対中政策は不透明であるものの、基本的にはこうした強制労働製品の輸入禁止に関する執行は今後も継続していくのではないかと考えられます。

4. おわりに

 本ニュースレターで紹介したEUのオムニバス法案はCSDDDを「簡素化」する方向のものですが、サステナビリティ推進の方向に逆行するものではなく、これを維持しつつ競争力の促進や中小企業の保護をはかろうとするものと考えられます。このような欧州の動きと米国での政策動向についてはいずれも異なる政治的意図を背景にするもので、将来の展開が流動的な部分もあります。

 一方で、オムニバス法案に関する議論の中でもリスクベース・アプローチの重要性が再度指摘されているように、欧米の動きのいずれをとっても、大局的な観点から自社のサプライチェーンのどこに重大な人権リスクがあるのかを見ることが重要であると考えられます。そして、CSDDDで求められる具体的なデュー・ディリジェンスの義務の内容に変更がありうるとしても、そのような観点で企業が目指す枠組みは変わりないと評価できます。このような大局的なリスク把握は、形式的な自社従業員やサプライヤーへのアンケートだけでは難しいと考えられることから、このような手段にとどまらず、進出する国・地域の状況や個別の事業・製品・サービスの特性に関する情報収集、従業員や取引先を含むステークホルダーとの対話等により、実質的な人権リスクを評価したうえで早めの対応につなげていくことが望ましいと考えます。

脚注一覧

※1
CSDDD及び強制労働製品禁止規則の概要については、2024年6月発行「欧州の企業持続可能性DD指令(CSDDD)の正式採択と日本企業に与える影響」(本ニュースレター第91号)、2024年12月発行「EUにおける強制労働製品禁止規則の成立を踏まえたサプライチェーン管理」(本ニュースレター第101号)をそれぞれご参照ください。

※3
なお、オムニバス法案では、CSRDの報告対象企業は大幅に削減される提案がなされていますが、CSDDDの対象企業については、審議過程で対象企業が削減されていることもあり、特に変更はなされていません。

※4
間接的な取引先に対するデュー・ディリジェンスが必要な例として、間接的なサプライヤーの活動に関する信頼できるNGOやメディアからの報告を受けている場合や、サプライヤーが関与する過去の事案を認識している場合、紛争地域等の特定の場所での問題を認識している場合等が挙げられています。

※5
ドイツのサプライチェーン・デュー・ディリジェンス法の概要については、2023年12月発行「ドイツで事業を行う企業に対するサプライチェーン・デューデリジェンス実施義務と対象企業の拡大」(本ニュースレター第81号/NO&T Europe Legal Update ~欧州最新法律情報~第25号)をご参照ください。

※7
2025年3月発行「企業におけるDEI(多様性)施策の転換を迫る米大統領令の発令と仮差止命令」(NO&T U.S. Law Update ~米国最新法律情報~第140号)

本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。


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