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農林水産法務シリーズ第6回「ブルーエコノミーと自然資本・生物多様性」


座談会メンバー

パートナー

宮下 優一

気候変動問題、生物多様性保全、人的資本経営といったサステナビリティの重要テーマの企業情報開示について、国内外の資本市場におけるエクイティ・デット双方のキャピタルマーケット案件、金融規制法、コーポレートガバナンス等の分野の経験を踏まえた実践的な助言に取り組む。

パートナー

渡邉 啓久

資源・環境・エネルギー、建設・インフラ、プロジェクトファイナンス、証券化・ストラクチャードファイナンス、不動産取引を中心として一般企業法務全般を取り扱うほか、気候変動問題、海洋資源保護や生物多様性保全に関連する法務問題に取り組む。

アソシエイト

星野 慶史

国内外の資本市場におけるエクイティ・デット双方のキャピタルマーケット案件・企業情報開示及び関連する金融規制法、不動産取引、上場リート・私募リートを中心として、企業法務全般を取り扱う。

アソシエイト

田澤 拓海

M&A/企業再編、不動産取引、上場リート、一般企業法務を中心に、国内及び国外の企業法務全般についてリーガルサービスを提供している。

アソシエイト

室 憲之介

インフラプロジェクト、環境、一般企業法務を中心に、国内及び国外の企業法務全般についてリーガルサービスを提供している。

【はじめに】

農林水産法務シリーズでは、これまで以下の様々なテーマを議論していきましたが、最終回となる第6回は、ブルーエコノミーと自然資本・生物多様性の2つのテーマについて議論していきたいと思います。

CHAPTER
01

ブルーエコノミー

―ブルーエコノミーと生物多様性

田澤

四方を海洋に囲まれ、広大な管轄海域を有する日本にとって、海洋は極めて重要な位置づけを有しています。昨今、SDGsの14番目の目標「海の豊かさを守ろう」に着目した、ブルーエコノミーの考え方が広まってきていますよね。

渡邉

はい。その確立された定義はありませんが、世界銀行は、ブルーエコノミーを、「経済成長、生活及び職業の向上及び海洋生態系の健全性のための海洋資源の持続可能な利用」と定義しており、対象は漁業、再生可能エネルギー、海運、海洋・沿岸の観光業、気候変動対応、廃棄物管理といった多様な経済活動を含むとしています。

星野

生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学政策プラットフォーム(IPBES)が2019年に公表した報告書(Global Assessment Report on Biodiversity and Ecosystem Services)によれば、100万種にも上る動物と植物が絶滅の危機に瀕していると推計され、生物多様性への脅威を取り除く行動をとらなければ、今後数十年でこれらの種の多くが絶滅するおそれがあると警鐘を鳴らしています。

渡邉

海洋は、人間生活や食料の源であると同時に、経済活動の源泉でもあり、地球システム全般にとって欠くことのできない構成要素でもありますね。海洋の生物多様性の喪失は、経済活動へのマイナスにもなります。

2022年12月に生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)で採択された「昆明・モントリオール生物多様性枠組」の中では、2030年までの10年間における緊急行動のための23のターゲット(昆明・モントリオールターゲット)が定められましたが、その中で、2030年までに陸と海の30%以上を保全する目標(いわゆる、30by30)が明示されました。今後予想される国内法の整備も含め、ますます海洋生態系の保全に向けた機運は高まっていくと予想されます。

宮下

海洋資源の持続可能な利用を促進する観点からは、民間投資の呼び込みが不可欠になりますよね。2018年には欧州委員会、WWF、欧州投資銀行(EIB)などによって「持続可能なブルーエコノミーファイナンス原則」が公表され、海洋資源を保護しながら経済成長を行うことでSDGs目標の促進を図っています。また、海洋保護や持続可能な漁業などの海洋関連の目的に資金使途を限った債券は「ブルーボンド」と呼ばれ、実例も出始めています。ただ、分野としてはまだ発展途上というのが実情です。

―ブルーカーボンとカーボンクレジット

近時、カーボンニュートラルに向けた官民の取組みが加速する中で、「ブルーカーボン」という言葉をよく耳にしますよね。

田澤

「ブルーカーボン」とは、海洋生態系の生物を通じて吸収・固定化される炭素のことであり、森林など陸上植物の作用で隔離・貯留される炭素を意味するグリーンカーボンと対を成す概念とされています。2009年に、国連環境計画が「Blue Carbon The Role of Healthy Oceans in Binding Carbon」と題する報告書を公表したのを契機に、CO2の吸収源として、海が注目されるに至ったという経緯があります。

具体的に挙げられるものは、アマモやスガモなど、主に温帯から熱帯の静穏な砂浜や干潟の沖合の潮下帯を中心に生息する海草により形成される藻場(海草藻場)や、アオサ、ワカメやコンブなど、寒帯から沿岸域の比較的浅い岩礁海岸を中心に生息する海藻により形成される藻場(海藻藻場)、湿地・干潟、マングローブ林などですね。

星野

「ブルーカーボン」に対しては高い期待が寄せられていますが、環境保全のための活動を超えて、民間投資を上手く取り込み脱炭素化のための経済活動へと発展させるためには、カーボン・オフセット制度の活用が効果的だとの考えもあります。

渡邉

陸上では植林などの排出削減・吸収活動を実施することで実現したクレジットが典型例で、これを購入することで自らの排出量を埋め合わせる趣旨で、実際に、森林・木材由来のJ-クレジットが取引されています。ブルーカーボン・オフセットは、これに類似したコンセプトです。海草藻場の保全などにより創出される二酸化炭素の吸収量に対し、第三者機関がクレジットとして認証し、これを企業との間で取引することを可能にしようとするものです。実証段階ではあるものの、ジャパンブルーエコノミー技術研究組合(JBE)が、国と連携して、Jブルークレジット®を発行していますし、横浜市や博多市といったいくつかの地方自治体においてもブルーカーボン・オフセットの試みがスタートしています。今後、ブルーカーボン・オフセットにより生み出され、取引されるクレジットの活用機会を増やすことができれば、カーボンニュートラルの達成と海洋環境保全という二つの大きな社会的課題の解決に、同時に寄与していくことが期待されます。

―水産業と水産資源の保護

田澤

日本国内での海洋資源保護という意味では、伝統的には、漁業活動に密接に関連する魚介類などの水産資源の保護への関心が高いですよね。

渡邉

魚介類などの水産資源は、主に漁業法や水産資源保護法により規制されています。現代の漁業との関連では、2018年改正漁業法は70年ぶりの大改正であり、特筆すべき点も多いように思います。

田澤

そうですね。水産資源管理は、船舶の隻数やトン数等の制限による漁獲能力の管理が主だったところ、近年の技術革新により、隻数やトン数当たりの漁獲能力が増加して、従来の規制によって水産資源の持続的な利用の確保が困難になりました。そこで、水産資源毎に、資源管理の目標を設定し、その目標の達成を目指して科学的根拠をもって設定される「TAC」(Total allowable catch)と呼ばれる漁獲可能量を設定した上で、それに基づき、漁業者又は漁船毎に漁獲量を割り当てる方式を採用し、水産資源の持続的利用を目指しています。

TACを著しく超えて漁獲した場合は、農林水産大臣が漁業者に対して採捕停止を命令できるといった罰則も定められており、漁獲量の数量管理の導入に当たっては、想定外の大量来遊による漁獲の積み上がり等の対応や迅速な漁獲量の情報収集体制の整備等が課題となりますね。

渡邉

その他の大きな改正点としては、海面利用制度の見直しもありますね。海面の一定の区画において養殖を行うには、漁業権の免許を受ける必要があります。従来は地域の漁協や漁業者に優先して免許が与えられていましたが、今回の改正で法定の優先順位が廃止され、新たに養殖事業への参入を検討する民間企業等が参入しやすくなりました。一方で、その地域で漁業を営む既存の事業者以外に免許を付与する基準は抽象的なものとなっており、実務の集積を待つ必要がありそうです。

天然水産資源保護という観点からは、2022年3月の新しい水産基本計画で養殖業を成長産業化することが盛り込まれるなど、養殖業に注目が高まっていますよね。その他にも、2021年5月に策定された、「みどりの食料システム戦略」においても、2050年までにニホンウナギ、クロマグロなどの養殖において人工種苗比率100%を実現することに加え、養魚飼料の全量を環境負荷が少なく給餌効率の良い飼料に転換し、持続可能な養殖生産体制を構築することが掲げられています。

渡邉

持続可能な養殖という観点からは、陸上養殖も注目に値すると思います。陸上養殖は漁業権の免許を必要としないため、大企業のみならず、ベンチャー企業や外資系企業の参入も見られます。多様な事業者が参入する中で、廃棄物処理、医薬品使用、ノウハウの保護など事業の特徴に応じた法的課題に対処する必要がありそうです。また、外国為替及び外国貿易法との関係で、海面漁業、内水面漁業、海面養殖業及び内水面養殖業は対内直接投資の事前届出業種に含まれていますので、外資による参入に際しては、この点にも留意が必要です。このような状況の中で、内水面漁業の振興に関する法律施行令の一部が改正され、2023年4月1日からこれまで規制なく参入可能だった陸上養殖に届出制が導入されます。行政による一定のモニタリングの下で、周辺水域への水質汚染等をはじめとする将来の法的課題に対処すべく様々な規制が整備されていくでしょう。

宮下

チームのみならず事務所全体でも、海洋資源を保護しながら経済活動を促進するブルーエコノミーの考え方を前提とした様々な企業活動に対して、法務面からのサポートを行うことが増加していくことが見込まれます。この次は、海洋にとどまらず、よりスコープを広げて、自然資本に関する企業開示について皆さんとお話をしたいと思います。
CHAPTER
02

自然資本・生物多様性と企業情報開示

宮下

企業が投資家等のステークホルダーに対してサステナビリティ情報を開示することの重要性が高まっており、なかでも気候変動や人的資本の開示に関する議論が既に進んでいるところです。昨今では、自然資本・生物多様性に関する情報開示も重要性を高めていますね。

星野

そうですね。国際的な動向としては、例えば、グローバルに一貫したサステナビリティ開示基準の策定を進めている国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)が、気候変動開示の次に今後優先的に策定を進めるべき候補の一つとして、「生物多様性、生態系及び生態系サービス」を2022年12月の会合で掲げ、優先順位について今後市中協議を実施する予定のようです。

渡邉

先ほどお話ししたCOP15で採択された「昆明・モントリオール生物多様性枠組」でも、23のターゲットの一つとして、「生物多様性に係るリスク、生物多様性への依存及び影響を定期的にモニタリングし、評価し、透明性をもって開示すること。」が掲げられましたね。

星野

開示の枠組みとしては、自然資本・生物多様性に関するリスクや機会を企業が適切に評価し開示するためのフレームワークを構築する国際的なイニシアティブとして、自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)が発足し、開示フレームワークの策定を進めています。現在はそのベータv0.3版までが公表されており、2023年9月に最終提言が予定されているところで、今後の任意開示・法定開示の双方の動向に留意が必要ですね。

宮下

日本国内での本格的な議論はまだこれからという状況ですが、例えば、サステナビリティ開示に関する改正提言を2022年6月に行った金融庁の金融審議会ディスクロージャー・ワーキング・グループの審議過程でも、生物多様性開示について委員から言及がなされているところです。

田澤

これから議論を積み重ねていくというところなのだと思いますが、自然資本・生物多様性の開示にあたっても、様々な論点がありそうですね。

星野

例えば、自然資本・生物多様性に関する将来の戦略の実行や目標の達成を阻害しうるリスクファクターとしてどのようなものがあるかが検討課題となりますし、「自然資本・生物多様性の確保に貢献する効果を伴わないにもかかわらず、あたかも自然資本・生物多様性に配慮しているかのように見せかけること」というウォッシュの問題にも留意する必要があると思います。

宮下

これらの点は、気候変動開示とも共通する点といえるので、気候変動開示の議論も適宜参照しながら、実務を積み重ねていくことになるのでしょうね。

星野

気候変動との兼ね合いでもう一点ポイントを指摘するとすれば、生物多様性への対応は気候変動への対応と密接かつ複雑に関連しているので、気候変動への対応として講じた措置が、気候変動と生物多様性の両方にとって利益になる場合もあれば、逆に生物多様性の損失に繋がる可能性もあるという点に留意すると良いのではないかと思います。

イメージとしては、気候変動への対応として設置した太陽光パネルが、周辺の生態系に悪影響を及ぼす場合などですね。

星野

はい。そのため、TNFDの開示フレームワークに基づく開示を行うかとは別に、気候変動開示にあたっても生物多様性への配慮の検討も必要になり、ひいては開示の前提となる気候変動への取組みの段階で考慮が必要となりうる、ということがいえそうです。

渡邉

先ほどリスクという話が出ましたが、自然資本や生物多様性との関わり方は、各企業によってかなり異なりますよね。

宮下

その点が一つのポイントになりそうです。TNFDは、「LEAPアプローチ」というものを提唱しており、これは、① 自然との接点を発見する(Locate)、② 依存関係と影響を診断する(Evaluate)、③ リスクと機会を評価する(Assess)、④ 自然関連リスクと機会に対応する準備を行い、投資家に開示する(Prepare)という4つのプロセスで自然関連のリスクと機会の評価を行い投資家に開示を行うというものです。このうちの① Locateの過程で、企業は、そのサプライ・チェーンの中で自社がどのように自然資本・生物多様性と接点を持っているか、実質的に検討することになります。

田澤

サプライ・チェーンという観点では、その全体を見渡したときに、自然資本・生物多様性と一切の接点がない企業というのは考えにくいように思います。そうすると、基本的にはすべての企業が、自然資本・生物多様性に関する開示について検討していくことになるのでしょうか。

宮下

この点は、開示の検討準備に要するコストや時間の点も踏まえることが必要だと思います。投資家に投資判断上重要な情報を提供するという目的との関係では、上場企業でかつ自然資本への依存度が高い企業などは、特に丁寧に対応を行っていく必要があろうかと思います。

企業の担当者として、いまのうちから気を付けておけることは何かあるでしょうか。

星野

先ほどLocateの話が出ましたが、開示の対応がいざ必要となったときに焦らず対応できるように、自社が自然資本・生物多様性とどのように接点を持っているか、「依存関係」、「影響」、「リスク」、「機会」という視点をいまのうちから持っておくのが望ましいと思います。

宮下

こういった開示の領域については、キャピタルマーケット案件の経験が蓄積されている当事務所の強みを十分に活かして、企業の皆様のお役に立てるだろうと思います。自然資本・生物多様性については、2023年2月13日に当事務所からニュースレターを発行していますので、そちらもご覧ください。本日はありがとうございました。

本座談会は、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。