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月面経済圏の創出と法 〜ispace 袴田武史 Founder&CEO インタビュー録



鼎談者

ゲスト

袴田 武史

子供の頃に観たスターウォーズに魅了され、宇宙開発を志す。ジョージア工科大学で修士号(航空宇宙工学)を取得。大学院時代は次世代航空宇宙システムの概念設計に携わる。外資系経営コンサルティングファーム勤務を経て2010年より史上初の民間月面探査レース「Google Lunar XPRIZE」に参加する日本チーム「HAKUTO」を率いた。同時に、運営母体の組織を株式会社ispaceに変更する。現在は史上初の民間月面探査プログラム「HAKUTO-R」を主導しながら月面輸送を主とした民間宇宙ビジネスを推進中。宇宙資源を利用可能にすることで、人類が宇宙に生活圏を築き、地球と月の間に持続可能なエコシステムの構築を目指し挑戦を続けている。

パートナー

大久保 涼

当事務所宇宙プラクティスグループ代表。主な業務分野は、M&A、プライベート・エクイティ投資、プライベート・エクイティ投資、テクノロジー・宇宙分野などの複雑な企業法務全般である。2010年から宇宙航空研究開発機構(JAXA)契約監視委員会委員。

アソシエイト

松本 晃

2018年慶應義塾大学法科大学院卒業。2019年長島・大野・常松法律事務所入所。入所後、キャピタルマーケット、M&A、危機管理・コンプライアンス分野等、様々な分野の案件に従事。当事務所宇宙プラクティスグループの一員として、複数の宇宙分野の案件にも関わっている。

大久保

本日は、ニュースペースとも称される宇宙業界におけるスタートアップ企業である株式会社ispaceの日本橋浜町の本社オフィスにお伺いしております。ここにはオフィスや会議室だけでなく、クリーンルームも設置されており、宇宙開発の現場に来た感があります。本日は、代表取締役Founder & CEOである袴田武史氏に、ispaceの行う月面輸送事業等の概要、宇宙ビジネスを進めるにあたっての法的課題、ispaceが目指していることなどについて、ざっくばらんにお話をお伺いしたいと思います。袴田さん、本日はどうぞよろしくお願いします。

袴田氏

宜しくお願いします。
CHAPTER
01

ispaceの行う月面輸送事業等の概要

松本

大久保とともに長島・大野・常松法律事務所宇宙プラクティスグループに所属しております弁護士の松本と申します。まず、貴社が現在取り組まれている事業について、簡単にご紹介頂けますでしょうか。

袴田氏

弊社は、「Expand our planet. Expand our future.」をビジョンに掲げ、人類の生活圏を宇宙に広げ持続的な世界を実現するべく、月面開発の事業化に取り組んでいる民間宇宙企業です。この「Expand our planet. Expand our future.」というビジョンには、人類が宇宙内で活動する上でのエネルギー補給基地として月を活用し、2040年代に「地球と月がひとつのエコシステムとなる経済圏を創出する」というビジョンを実現させる意思が込められています。

松本

エネルギー補給基地として月を活用するとのことですが、何故ispaceは月に着目したのでしょうか。

袴田氏

やはり、月における水資源の存在が大きな理由の一つです。近年の調査で、月には豊富な水資源が存在することが明らかとなっています。水資源は、電気分解を行えば液体水素・液体酸素として、ロケットの推進燃料にもなり得ることから、月で水資源を探査し、利用可能にすることで、月を火星やもっと遠くのディープスペースへの探査のための燃料補給基地として活用するという可能性が模索されています。これが現在、世界中の注目が月に集まる最大の背景でもあります。

松本

ありがとうございます。具体的には、貴社では現在どのようなサービスを提供しているのか、あるいは将来提供する予定なのか教えてください。

袴田氏

弊社では主に、ペイロードサービス、データサービス、及びパートナーシップを提供することをビジネスモデルとしています。このうち、ペイロードサービスは、顧客の荷物(ペイロード)を弊社グループのランダー(月着陸船)やローバー(月面探査車)に搭載し、月まで輸送するサービスを提供することを内容としています。現在、弊社ランダーによる初の月面着陸ミッション(ミッション1)に向けて、準備中です。

松本

ミッション1では、具体的にどのようなペイロードを輸送する予定になっているのでしょうか。

袴田氏

既にプレスリリースで発表しているとおり、日本特殊陶業様の固体電池、UAEの政府宇宙機関であるMBRSCのローバーなどをペイロードとして輸送する予定です。

大久保

MBRSCのペイロードにように、民間企業だけでなく、JAXA、NASAなど各国の宇宙機関からのニーズも強いようですね。

袴田氏

はい。中でも、NASAのレゴリスの商取引プログラムに採択されたことについては、世界初の月資源に関する商取引でもあることから、大きな意義があると感じています。

松本

ミッション1では、貴社では小型のランダー(シリーズ1ランダー)を月に輸送する予定という理解ですが、貴社のビジネスモデルとしては、小型×頻繁なミッションで競争力を高めていくという理解で正しいしょうか。

袴田氏

そうですね。もっとも、宇宙輸送業界では、「小型」といっても、かなり幅が広い概念だと考えています。弊社の認識では、500kgサイズのランダーも小型であり、そういう意味では、ミッション1で用いるシリーズ1ランダー(2022年5月時点の想定で、容量30kg程度)は「小型」ではなく「マイクロ」と定義した方が適切かもしれません。ミッション3以降で用いることが想定されているシリーズ2ランダーは大型化する予定です(2022年5月時点の想定で、容量500kg程度)が、業界的にはまだ「小型」と定義するのが適切だと考えています。その意味では、現時点においては、小型×頻繁なミッションに注力するという方針だと言えると思います。

大久保

大型ランダーとの比較ですと、大型だと基本的に他のペイロードとの相乗りとなってしまい、月に輸送したい時期や場所に制約を受けてしまう一方で、小型ランダーで頻繁に輸送する場合には、そのような制約が小さく、好きな時期に好きな軌道・場所にペイロードを運ぶことができるという強みがあるということですね?

袴田氏

そうですね。大型ランダーは、人間を運ぶという大きな役目を担っている部分もあると思いますが、仮に人間が月に到着した場合、その補給物資が必要となると思われます。また、今後の月面開発においては、資源がある場所など着陸して欲しい(運んで欲しい)地点も企業によって様々だと考えられます。さらに、人間が活動する以上、何かしら緊急に物資等が必要となる場合も想定されますので、小型ランダーはこのような各ニーズに柔軟に対応できるというメリットがあると考えられます。これらを踏まえると、大型ランダーの需要が増加すれば、小型ランダーの需要も増加するという関係にもありますので、大型ランダーの台頭が小型ランダーを排斥するとは考えておりません。

松本

貴社では、ペイロードサービスの他に、データサービスも展開する予定と伺っておりますが、どういった形で展開される予定でしょうか。何か新しい試みがあれば教えてください。

袴田氏

今後、データサービスも重要になってくると考えています。企業においては、月面の環境や、月面でどのようなものが活用できるのかといった情報を欲している企業が多いと考えられ、そのような企業に対して、月面のデータを提供する予定です。また、実際人類が月面で生活を開始できたとしても、月面にいる人達が現地で多くのデータを収集したり分析することが可能となるには更に時間を要すると考えています。したがって、今後、月面と地球とのデータ通信の重要性はますます高まってくることから、高頻度のミッションを活かし、プラットフォームを作成していきたいと考えています。このような構想として、Cislunar Digital Twin2030という構想も発表しました。

松本

貴社が月面経済圏に貢献できる分野は幅広そうですね。
CHAPTER
02

宇宙ビジネスを進めるにあたっての法的課題

大久保

さて、当事務所が宇宙ビジネスに関するアドバイスを求められる際には、宇宙法に加えて様々な法律が問題になり、これまでの地球上での考え方がそのまま通用しないなど新しい問題に直面することも多く、これを実務的な発想や柔軟な方法で解決することが日々求められるわけですが、これまでispaceで事業を行っていて、法律関係でどういったことを課題と認識されているかについて、教えていただけますでしょうか。

袴田氏

そうですね。我々は将来的に宇宙資源開発事業を行うことを想定していますが、その観点からは、宇宙資源開発法の制定により、国内では相応に法的な整備されてきたと感じています。もっとも、宇宙活動は国内に留まらないことから、国際的な法的枠組みが必要であり、そのような国際的な法的枠組みを作るというゴールまでは、まだまだ発展途上だと考えています。

大久保

確かに、海外の宇宙企業と協働して宇宙資源開発を行う際に、日本の法律の枠組みで議論すれば良いのか、あるいは他の国の法律で議論すべきなのか明確でないですね。

袴田氏

昔は、宇宙開発は国が行っていましたので、自国で法律を作っておけばよかったのですが、今は企業が宇宙活動に関わるようになり、そして企業は他国の企業などともグローバルに活動していくことになるため、国際的な法的枠組みを整備していくことが必要になります。
また、レゴリスの月面での譲渡といった宇宙での取引の仕組みなどについては、宇宙には法律がありませんので、少し大胆なことを言えば、一から適切な枠組みを考えることもできると思います。企業のグローバルな活動に適合した新たな法的枠組みが整備できると良いと考えています。

大久保

確かに、貴社のように日本で設計や開発を行い、欧州で組み立てたたランダーを米国の民間企業のロケットで打ち上げて、日本にあるミッションコントロールセンターから運用し、月に各国のペイロードを輸送し、さらに月で取得した資源を月面で米国の宇宙機関に売る、というようなことを考えた場合には、関係する国や法律が多岐にわたります。貴社のような企業がパイオニアとして事業活動を進めながら、具体的な実務において、どの国のどのような法律が適用されるか、その際にどのような点が問題となるかを整理していき、最終的に国際的なルールとして調整されるのが良いですね。

大久保

現在、貴社のミッション1において、宇宙活動法や宇宙資源法上の手続を進めていると理解していますが、内閣府等行政機関とのやりとりで直面している課題は何かありますでしょうか。

袴田氏

弊社のビジネスは、行政側においても初めての案件ですので、一足飛びに手続が完了することはありません。先例がない中、新たな試みとして共に理解を共有し、時にはJAXA等の助けも借りながら、堅実に手続を進めている状況です。

大久保

他に、宇宙活動における法律関係で気になっている点はありますでしょうか。

袴田氏

我々の事業は初めてのことばかりですので、今後事業を進めるにつれて、色々な法的規制や法的リスクに直面するかもしれません。例えば、電波法について気になっています。具体的には、事業がグローバルになる中で、電波法上外国人の株主が3分の1以上の者には無線局の免許を与えてはいけないという外資規制があると認識しています。また、法律とは若干異なりますが、経済安全保障の観点は重要なテーマだと考えています。このような国際情勢の中で、米国や日本がどのように対応していくかについては引き続き留意していきたいと考えています。

大久保

経済安全保障の文脈では、ITARやEARといった輸出管理規制について、何か留意していることはありますか。

袴田氏

基本的な考え方としては、弊社は米国に子会社がありますので、ITARやEARのような輸出管理規制において、何か課題として認識している事項は特にないと考えています。

大久保

確かに、米国に子会社があるというのは、米国のますます厳しくなる経済安全保障関連の規制の観点からも、利点ですね。
CHAPTER
03

ispaceが目指していること

松本

ispaceのほかにも、最近では日本でも様々なニュースペースと称されるスタートアップが創業されています。その中で、ispaceは投資家だけでなく、多くのパートナー(パートナーシップ契約を締結した高砂やSUZUKI、JAL等)からの応援を受けていますが、各パートナー関係構築にあたり重要だと考えていることについて教えてください。

袴田氏

弊社の一つ大きな目標として、冒頭でもお話したとおり、宇宙に新しい経済圏、エコシステムを形成していくというものがあります。この形成で重要だと考えているのは、宇宙事業を専門に営む企業以外の企業にもこの経済圏に入って頂いて、サステイナブルな事業ができる姿を作成することだと考えています。人類が宇宙で活動するためには、宇宙業界とは異なった業界の企業にいかに当該経済圏に参加してもらうかかが重要です。特にHAKUTO-Rは、日本のスタートアップとして、日本発で月面に行くということもあり、多くの企業に参加して頂いております。また、HAKUTO-Rを通じて、それらの企業に宇宙に接する機会をご提供し、また各企業の強み・アセットを活用できるように検討しながら協業を進めています。このような場を通じて、各企業において、本格的な宇宙ビジネス参画の契機にしてほしいと考えています。

大久保

まさに貴社のお声がけによって、各企業において既に有する技術が宇宙に活用できるかを検討しながら、最終的に日本企業の宇宙進出を促し、最終的に日本の宇宙産業の発展に資するということですね。最後となりますが、今後の展望についても教えてください。

袴田氏

宇宙産業は実は裾野が広い産業でして、「宇宙産業」と表現すると何か特別な産業のように思われますが、宇宙はただのフィールドの一つに過ぎません。日本には、自動車、家電など、製造業を中心に強い技術力、サプライチェーンが存在していますので、宇宙というフィールドでも、この技術力やサプライチェーンは十分に活かすことが可能だと考えています。世界の宇宙産業において日本企業の占める割合はまだまだ10%に満たないと推測されますが、この割合を拡大できるように、日本の宇宙産業を牽引する存在でありたいと考えています。

大久保

日本にも有力なスタートアップがありますが、まだ数としては少ないし、資金規模も米国等とは異なると理解しています。このような環境を変えていくためには、どうしたらよいでしょうか。

袴田氏

やはり、資金力だと日本は海外に比して弱くなってしまいます。そして、宇宙ビジネスの中でも、例えばロケット事業や衛星事業については、様々な企業が参入しており、現時点から参入するのはやや難しくなってきていると思われます。その中で、月面事業については、まだまだプレイヤーは限られており、経済安全保障上の観点もありますので、新たな重要なフィールドだと考えています。そして、日本企業が進出する足がかりにもなるように、弊社も戦略的に努めていきたいと考えています。

大久保

貴社は、日本のほか、米国や欧州にも拠点を有しておりますが、今後はグローバル企業を目指す方向でしょう。

袴田氏

もちろん日本は重要な拠点ですが、弊社は必ずしも日本のためだけに事業を行っているわけではありません。人類全体のために宇宙の新たな経済圏を作っていきたいと考えています。もっとも、宇宙事業自体、国際政治の影響を受けやすいので、各拠点、すなわち米国、欧州及び日本それぞれで確固たる立場を築くことで、国際政治に左右されない堅牢な体制を作っていきたいと考えています。

大久保

貴社が日本が世界に誇れる宇宙企業に成長されること、そしてまずは何よりもミッション1の成功を祈念しております。また、当事務所も引き続き、日本の宇宙産業の発展に法務面から寄与していきたいと思います。本日は貴重なお時間をどうもありがとうございました。


本鼎談は、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。