NO&T Infrastructure, Energy & Environment Legal Update インフラ・エネルギー・環境ニュースレター
昨年、カーボン・プライシングとカーボン・クレジットの基本的なトピックに関するニュースレターをお届けしましたが、その後、政府のGX実行会議※1や、企業が中心となって推進しているGXリーグ※2における検討が進むとともに、2022年末には金融庁による「カーボン・クレジットの取扱いに関するQ&A」※3の公表がありました。このような展開も踏まえて、日本におけるカーボン・クレジット取引の量も確実に増加しているといえます。また、日本取引所グループは、2022年度のJクレジットに関する市場の実証事業を踏まえて、2023年10月を目処とする市場の立ち上げを予定しています※4。
このようにカーボン・クレジット取引一般について環境は整ってきている一方で、ボランタリー・クレジット(※分類については、上記ニュースレターをご覧下さい。)については引き続き認証機関・基準が多く存在しており、「どの基準に従ってクレジットを発行すればよいのか?」「どの基準に従って発行されたクレジットを取得して、自己の温室効果ガス排出と相殺すべきなのか?」という声も多く聞かれるところです。
本ニュースレターでは、脱炭素目標達成のためには不可欠と考えられているカーボン・クレジット取引に関する最新動向と、日本における法規制について概説します。なお、当事務所のESGプラクティスチームは、今月下旬に「ESG法務」(一般社団法人金融財政事情研究会)を刊行予定です。そちらにおいて、カーボン・クレジット等についても詳しい解説を載せていますので、お手に取っていただければ幸いです。
2023年6月30日に出された「金融庁サステナブルファイナンス有識者会議 第三次報告書 -サステナブルファイナンスの深化-」において、カーボン・クレジット取引については以下のとおり述べられており、今後さらに増加するであろうことが見込まれています。
“カーボンクレジット取引については、脱炭素の目標実現に向けた国際的な取組みが加速する中で急速に関心が高まっている。本邦でも、GXリーグに参加する企業に対して、第1フェーズ(2023年~2025年)において自らが掲げた目標に届かなかった削減不足分のカーボンクレジットを2026年夏頃までに市場で調達するよう求めている。その後、2026年からは成長志向型カーボンプライシングが試行的に導入され、2033年度からは排出量の有償割当てが検討されるなど、カーボンクレジット取引需要の拡大が見込まれているところである。これに伴い、省エネや森林保全由来のJクレジット等の供給量も段階的に増加していくことが見込まれる。”
“カーボンクレジット取引については、脱炭素の目標実現に向けた国際的な取組みが加速する中で急速に関心が高まっている。本邦でも、GXリーグに参加する企業に対して、第1フェーズ(2023年~2025年)において自らが掲げた目標に届かなかった削減不足分のカーボンクレジットを2026年夏頃までに市場で調達するよう求めている。その後、2026年からは成長志向型カーボンプライシングが試行的に導入され、2033年度からは排出量の有償割当てが検討されるなど、カーボンクレジット取引需要の拡大が見込まれているところである。これに伴い、省エネや森林保全由来のJクレジット等の供給量も段階的に増加していくことが見込まれる。”
省エネ施策等の進んだ日本においては、これ以上大幅に温室効果ガス減少を進めていくのは難しいところもあるため、2050年のカーボンニュートラル目標に向けて、カーボン・クレジットを活用した脱炭素化(=他者による削減分を取得して、自己の排出と相殺することによる脱炭素化)が不可欠となると思われます。
他方で、上記報告書は、以下のようにも述べています。
“カーボンクレジットの取引拡大に向けては、政府が取引市場の整備等の取組みを引き続き進めつつ、民間においては炭素吸収や削減に貢献する実案件を開発・推進することが期待される。加えて、官民全体との取組みとして、吸収等の実効性確保や国際的な枠組みとの整合性確保等、質の担保を的確に行うとともに、投資家等による的確な理解を促し、市場の健全性や流動性を高めていくことが重要である。“
“カーボンクレジットの取引拡大に向けては、政府が取引市場の整備等の取組みを引き続き進めつつ、民間においては炭素吸収や削減に貢献する実案件を開発・推進することが期待される。加えて、官民全体との取組みとして、吸収等の実効性確保や国際的な枠組みとの整合性確保等、質の担保を的確に行うとともに、投資家等による的確な理解を促し、市場の健全性や流動性を高めていくことが重要である。“
この報告書における指摘はいずれも的確ですが、このうち特にボランタリー・クレジットの「質の担保」を図ることが重要な課題になると思われます。
現状、日本においてカーボン・クレジット取引の対象となっているボランタリー・クレジットは信頼性の高いものが多いと思われますが、ケースによっては、温室効果ガス削減プロジェクトがいわば”ハリボテ”で、当該プロジェクトを基礎として発行されるクレジットに温室効果ガス削減の実質が存在しない場合(又は、過剰に評価されてクレジットが発行されている場合)も否定できません(例えば、森林伐採プロジェクトを白紙に戻すこと等により森林保全する場合において、そもそも、当該伐採プロジェクトの存在や範囲等が不明である場合などが挙げられます)。仮にそのような事態が発生してしまうと、裏付けがないにもかかわらず、(形式上は)クレジット購入者の排出削減がされることになって気候変動対策に全くならない結果となってしまいますし、さらには、クレジット購入契約の内容によっては、当該クレジットの創出主体や売却/媒介主体が、購入者から損害賠償等の請求を受けるリスクがあります(表明補償責任や、契約不適合責任など)。このようなリスクに鑑み、現在のカーボン・クレジット取引においては、特に信頼性の高い認証基準に従ったクレジット(Gold StandardやVCSなど)を主な取引対象とし、また、基礎となる対象プロジェクトについても、再生可能エネルギー関連を選ぶなど、クレジットの裏付けが比較的にはっきりしている類型のプロジェクトが好まれる傾向があるといえます。
以上のような動向等も踏まえ、今後さらに重要性を増すカーボン・クレジット取引を推進させるべく、クレジットの質を担保すること等を目的とする国際的な枠組み作りが進められているところです。特に注目すべき動きとしては、ICVCM(Integrity Council for the Voluntary Carbon Market)によるAssessment Frameworkの策定が挙げられます。同協議会は、2023年3月に、Core Carbon Principles(CCP)という高品質のカーボン・クレジットに関する基本的な原則を定めるとともに、CCPに合致するカーボン・クレジットを評価するための基本的なフレームワークを策定しました。その上で、同年7月27日に、より詳細なフレームワークを策定し、2023年末までには最初の認証がなされる予定です※5。今後、ICVCMによる認証の動きについて注視しておくべきといえます。
日本におけるカーボン・クレジットに関する法規制のポイントとして挙げられるのは、カーボン・クレジット自体の売買行為や売買取引を媒介等する行為自体については特段の規制がないことです※6。
他方、規制業種については、関連する規制法に基づく制限について注意が必要で、具体的には金融商品取引法(「金商法」)と銀行法が挙げられます。まず、金商法においては、温対法(地球温暖化対策の推進に関する法律)に基づく算定割当量及び「その他これに類似するもの」(「算定割当量等」)について、算定割当量等の売買及びその媒介・取次ぎ・代理ならびに算定割当量等のデリバティブ取引及びその媒介・取次ぎ・代理が金融商品取引業者の届出業務となっています(金商法35条2項7号、同業府令68条16号及び17号)。次に、銀行法においては、他業証券業等ないし法定他業として、算定割当量等について、売買及びその媒介・取次ぎ・代理を行うことができます(銀行法11条4号、同施行規則13条の2の6)。また、付随業務として、差金決済型に限定して、算定割当量等のデリバティブ業務も行うことができます(銀行法10条2項14号、同施行規則13条の2の3第1項2号)。
このように、金融商品取引業者や銀行が上記業務を行う場合には、算定割当量等のうち「その他これに類似するもの」が何を指すのかが重要となりますが、金融庁は、2008年の銀行法改正の際のパブリックコメント手続※7において下記のような解釈を示すとともに(「2008年パブコメ回答」)、2022年末には、当該解釈を補足する「カーボン・クレジットの取扱いに関するQ&A」(「2022年末Q&A」)を公表しました。
2008年パブコメ回答
「その他これに類似するもの」に該当するか否かについては、審査・承認手続の厳格性、帰属の明確性等の観点から、個別具体的に判断される必要がありますが、この限りにおいて、法令(外国の法令、米国州法を含む。)に基づく排出枠やクレジットについては該当するものと考えられます。
また、「排出量取引の国内統合市場の試行的実施について」に基づき取引される排出枠及び国内クレジットについては該当するものと考えられます。
2008年パブコメ回答
「その他これに類似するもの」に該当するか否かについては、審査・承認手続の厳格性、帰属の明確性等の観点から、個別具体的に判断される必要がありますが、この限りにおいて、法令(外国の法令、米国州法を含む。)に基づく排出枠やクレジットについては該当するものと考えられます。
また、「排出量取引の国内統合市場の試行的実施について」に基づき取引される排出枠及び国内クレジットについては該当するものと考えられます。
まず、2008年パブコメ回答の後段において、「『排出量取引の国内統合市場の試行的実施について』に基づき取引される排出枠及び国内クレジットについては該当するものと考えられます」とされていますが、前者については当時検討されていた国内排出量取引制度に基づく排出枠を指しているため、近時のGX実行会議での検討を踏まえて2026年からの導入が予定されている国内排出量取引制度が開始された場合には、当該制度に基づいて割り当てられる排出枠については「その他これに類似するもの」に該当するものと考えられます。
また、当該回答後段のうち「国内クレジット」は、(J-VER制度とともに)Jクレジット制度の前身である国内クレジット制度に基づくクレジットを指すため、Jクレジットについても基本的に該当するものと考えられます。実際に、2022年末Q&A(問1)では、以下のとおり、JCMクレジット及びJクレジットが該当することが明確化されました。
2022年末Q&A
2022年末Q&A
次に、ボランタリー・クレジットについては、2008年パブコメ回答前段の「法令(外国の法令、米国州法を含む。)に基づく排出枠やクレジット」に該当するか、又は、「審査・承認手続の厳格性、帰属の明確性等」を満たす必要があると考えられていました。
この点について、2022年末Q&A(問2)においては、以下のとおり、帰属の明確性に加えて、(i)京都メカニズムなどの指定運営機関や、(ii)IS014065に基づき認証された機関など検証等に関する認証を取得している機関又はその認定機関が、事業の妥当性審査及び削減量等の検証を行っている場合には該当することが示されました。この点について、個別具体的にどのようなボランタリー・クレジットが該当するのかについては引き続き必ずしも明確ではありませんものの、例えば、前述のICVCMによる認証がなされたものについては該当すると判断される可能性が高いのではないかと思われます。
2022年末Q&A
2022年末Q&A
※6
例えば、EUにおける排出量取引制度上の排出枠(allowance)などは「金融商品」と位置付けられていますが、それとは異なり、日本の金融商品取引法上、カーボン・クレジット自体は金融商品とはされていません(長島・大野・常松法律事務所『アドバンス金融商品取引法』750頁(商事法務,第3版,2019)参照。)。
※7
2008年12月2日金融庁パブリックコメント回答(https://www.fsa.go.jp/news/20/20081202-1/00.pdf)64頁参照。
本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。
三上二郎、宮城栄司、渡邉啓久、河相早織(共著)
(2025年4月)
杉本花織
商事法務 (2025年4月)
長島・大野・常松法律事務所 農林水産・食品プラクティスチーム(編)、笠原康弘、宮城栄司、宮下優一、渡邉啓久、鳥巣正憲、岡竜司、伊藤伸明、近藤亮作、羽鳥貴広、田澤拓海、松田悠、灘本宥也、三浦雅哉、水野奨健(共編著)、福原あゆみ(執筆協力)
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三上二郎、宮城栄司、渡邉啓久、河相早織(共著)
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