塚本宏達 Hironobu Tsukamoto
パートナー(NO&T NY LLP)/オフィス共同代表
ニューヨーク
NO&T U.S. Law Update 米国最新法律情報
NO&T International Trade Legal Update 国際通商・経済安全保障ニュースレター
米国の輸出管理規則(Export Administration Regulations、以下「EAR」といいます。)に関して、米国政府は対中国向けの高度な集積回路や半導体製造装置の輸出を中心に厳しい姿勢を示し続けており、過去本ニュースレターでご紹介したとおり、2023年中にはいくつか大きなアップデートがありました。すなわち、米国商務省産業安全保障局(the U.S. Department of Commerce’s Bureau of Industry and Security、以下「BIS」といいます。)は、①2023年7月、EARを含む法令違反の可能性を認識した場合における企業の積極的な自主的開示(voluntary self-disclosures、以下「VSD」といいます。)を奨励し、認識した違反を報告しなかった企業に対する罰則を強化する旨を示したコンプライアンスノートを通じて、EAR違反が発生した場合の執行強化に取り組むことを対外的に公表し※1、また、②2023年10月、中国による先端コンピュータチップの調達、スーパーコンピュータの開発及び維持、並びに先端半導体の製造に関する能力を制限することを目的とした新たな2つの暫定最終規則案(以下総称して「本暫定最終規則」といいます。)を公表する※2等の取り組みを通じて、半導体、スーパーコンピュータ、AI等の重要技術における米国の優位を保つべく、戦略的な管理を行う方針を打ち出しています。
本ニュースレターでは①及び②を含めた2024年1月末時点のEARの最新のアップデートについてご紹介します。
BISは、2024年1月2日、2023年のEAR関連の執行実績(「Export Enforcement: 2023 Year in Review」、以下「本実績報告」といいます。)を公表しました※3。本実績報告は、冒頭、「歴史上、今ほど輸出管理が集団安全保障の中心となる時代はない。」と述べた上で、AIや量子コンピューティングのような破壊的な先進技術の進歩が21世紀の地政学的情勢を大きく左右するとして、これらの技術が悪意のある者に渡らないようにする輸出管理の執行強化は極めて重要であることをあらためて強調しています。本実績報告のポイントは以下のとおりです。
2023年2月16日、BISは米国司法省と共に輸出管理の執行強化に取り組む専門部隊「破壊的技術ストライクフォース (Disruptive Technology Strike Force)」を設立したことを公表※4していましたが、本実績報告では、2023年において破壊的技術ストライクフォースによる計5件の刑事訴追※5(2件がロシア関連、2件が中国関連、1件が中国・イラン関連)、ロシア諜報機関への調達に関与した欧州の企業・個人に対する暫定拒否命令(Temporary Denial Order、以下「TDO」といいます。)の発令※6、及びエンティティ・リスト※7の積極的な活用・更新がなされたことが報告されています。
BISは、安全保障上の重大な脅威に対する連邦捜査局(FBI)、国土安全保障省国土安全捜査局(HSI)、アルコール・たばこ・火器及び爆発物取締局(ATF)等の他の行政機関と連携した上で、過去最大規模の執行措置を実施したことを公表しています。2023年における執行事例は以下のとおりです。
「最も重要な米国の技術を最も危険な者の手に渡さない」という理念の下、本実績報告においては、2023年4月にBISが公表したEAR違反に関する自主開示及び他者の違反に関する開示を促すための政策方針の明確化のための覚書(Clarifying Our Policy Regarding Voluntary Self-Disclosures and Disclosures Concerning Others)の公表(以下「本覚書」といいます。)※11やEARに対する違反が反復的、継続的、又は明白に継続している場合における特定のTDOを180日間ではなく1年間更新することを認めるための規則改正※12等、2023年における執行政策強化の取り組みが紹介されています。
BISは、省庁間、学術界、産業界、外国政府との連携強化を進めており、2023年度中には特に以下の取り組みを行ったとのことです。
BISは、2024年1月16日、2023年4月に公表したEAR違反に関する自発的な自己開示及び他者に関する開示についての政策方針を明確化するための本覚書を改定する新たな覚書(以下「新覚書」といいます。)を公表しました。本覚書では、EAR違反に対する効果的な法執行を行うためには産業界及び学術界による協力が必要であるとした上で、(1)自己の潜在的なEAR違反に関するVSDと(2)他者による潜在的なEAR違反に関する開示についての政策方針を公表していましたが、新覚書においては、より効率的かつ効果的なVSDプログラムの導入を目指し、本覚書の改定を行うものとしています。新覚書においては、半導体、スーパーコンピュータ、AI等の重要技術を悪意ある者の手から保護するためには米国の企業及び大学が果たす役割が極めて重要であることを改めて強調した上で、産業界及び学術界からのより適切なサポートが得られるよう、本覚書の内容について概要以下のとおり改定を行っています。
2023年12月29日、BISは本暫定最終規則に関するFAQs(以下「本FAQ」といいます。)を公表しました※16。本FAQは、本暫定最終規則に対してBISに寄せられた各質問に対するコメントを公表するものとなっていますが、特に注目すべき内容を以下紹介します。
上記のとおり、BISは高度な集積回路や半導体製造装置といった重要な技術に関する輸出管理規制を強化すると共に、法令違反を犯した者に対しては重大な罰則を課し、他方で仮に違反が生じた場合でも法令を遵守しようと行動する者に対しては一定のインセンティブを与える姿勢を明確にしています。そのような状況において、EARの対象となる可能性がある日本企業においては、コンプライアンス部門のみならず会社組織全体を通じてこれまで以上のEARの遵守体制の見直し・その遵守の徹底が求められる状況にあり、仮にEAR違反が生じた場合には重大なビジネスリスクを抱える可能性があるため、EARに関する今後の政策方針や規制強化の最新の動向について引き続き注視する必要があります。
※1
詳細は、米国最新法律情報No.97/危機管理・コンプライアンスニュースレターNo. 79/国際通商・経済安全保障ニュースレターNo.10「米国制裁法・輸出管理規則等の安全保障関連法令違反の自主的な報告に関するコンプライアンスノートの公表」をご確認ください。
※2
詳細は、米国最新法律情報No.107/国際通商・経済安全保障ニュースレターNo.13「米国輸出管理規制アップデート~先端コンピューティング及び半導体製造装置関連の輸出管理規制の強化~」をご確認ください。
※7
エンティティ・リストとは、EARのもとで整備されている、米国の国家安全保障や外交政策に反する活動に関与していると考えられる個人、法人及び団体等のリストのことをいいます。エンティティ・リスト及びエンティティ・リスト掲載者への輸出規制の詳細は、本ニュースレターNo.53「米国輸出管理規制アップデート~エンティティ・リストの更新とFAQsの公表~」をご確認ください。
※11
詳細は、米国最新法律情報No.88/国際通商・経済安全保障ニュースレターNo.8「米国輸出管理規制アップデート~EAR違反の開示に関する政策方針の公表~」をご確認ください。
※13
脚注1を参照ください。
※14
Section III(A) of Supplement No.1 to Part 766によれば、社内において刑事罰の対象となる行為が蔓延している、上級管理職による隠蔽若しくは関与、又は国家安全保障法に繰り返し違反している等の事情がこれに該当することとされています。
※15
従来より、ファストトラック審査においては、最終提出後60日以内にノーアクションレター(no-action determination letter)又は警告書(warning letter)が発出されることとされています。
※17
新たな許可例外プログラムが創設され、ECCN 3A090及び4A090に含まれる一定の集積回路(技術的要件を一定の範囲内で下回るハイパフォーマンスではない集積回路)について、カントリー・グループで「D:1」、「D:4」又は「D:5」に指定された国への輸出・再輸出・国内移転の許可例外を設けると共に、マカオ又はカントリー・グループで「D:5」に指定された国(中国を含みます。)に輸出・再輸出する場合は事前に通知が必要とされ、米国政府は当該通知から25日以内に、新たな許可例外の適用を認めるか、輸出許可を求めるか決定することとされています。このような技術的要件の変更及び通知プログラムの導入により、より広範な先端コンピューティング用集積回路がEARの規制対象に含まれることとなります。
本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。
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