渡邉啓久 Yoshihisa Watanabe
パートナー
東京
NO&T Food System and Nature Law Update 農林水産・食品ビジネス法務ニュースレター
近時、異業種から陸上養殖ビジネスへ参画する企業が増加しています。陸上養殖は、養殖魚の飼育環境を人為的に管理することができるため、海面養殖と比較して新たなブランド魚を育成しやすく、感染症リスクを低減しやすいといった特徴を有するほか、水温管理が困難な海面養殖と異なって魚種の制約も少ないとされています。実際、水産庁「水産政策の改革について」(令和6年4月)を見ますと、サバ、トラフグ、ヤイトハタ、大西洋サケ、ニジマス、チョウザメ、バナメイエビなど、近年様々な魚種で陸上養殖が試行又は事業化されていることがわかります(同44頁)。一方で、陸上養殖の場合、用水の調達等の観点で適地が限られることや、施設の整備に要する初期費用や電気代等のランニングコストが高額になりやすいこと、飼育層の水質・水温管理のための高度なIT技術が必要となることなど、海面養殖とは異なる特質もあるとされています。
こうした課題を抱えつつも、農林水産省が令和3年7月に改訂版を公表した「養殖業成長産業化総合戦略」(当初策定は令和2年7月)においては、漁場・生産量の拡大という観点から、陸上養殖は将来有望な技術であるとされています(同21頁)。本稿では、今後さらなる発展が期待される陸上養殖に関する法規制を概略いたします。
陸上養殖システムは、用水利用の方式から大別して、掛け流し式と閉鎖循環式の二つがあります。
掛け流し式は、海水、淡水などの天然の水源から継続的に用水を飼育層に引き込み、飼育水として使用する方式です。これに対し、閉鎖循環式は、濾過システムなどの水処理装置を活用し汚れた飼育水を入れ替えることなく水処理を行うことで長期間連続的に循環利用する方式です。二つの方式の中間的な形態として、循環注水式(半循環式)があります。掛け流し式の場合、豊富な用水が必要であることや養殖場の設置場所に制約が大きいこと、天然の水源を利用するために水温・水質が不安定で感染症の懸念が相対的に高いなどのデメリットがあるとされます。他方で、システムは閉鎖循環式よりも簡素化されるため、施設整備のコストを低く抑えることが可能というメリットがあります。これに対して、閉鎖循環式の場合、施設整備のコストが高くなるという短所があるものの、水温や水質といった環境制御が比較的容易であったり、少ない用水で足りるといった利点もあります。
いずれを採用すべきかはケースバイケースの判断となりますが、法的な観点からは、後述するように、いずれのシステムを採用するかによって若干の規制上の差異が生じます。
海面養殖の場合は漁業法の適用があるため、養殖ビジネスに新規参入しようとする企業等にとっては、いかにして漁業権を確保するかが事業遂行上の大きな検討課題となる場合も多いと思われます※1。
一方で、陸上養殖については、基本的に漁業法の適用はありません。漁業法は、「公共の用に供しない水面」については、原則として適用されないためです(同法第3条)※2。「公共の用に供する水面」とは、その水面が水産動植物の採捕に関し一般の公共の使用に供されている水面をいい、水面の敷地の所有又は占有が私人に属しているか否かを問わないとされています※3。そのため、掛け流し式、閉鎖循環式、循環注水式(半循環式)のいずれであっても、海洋と切り離された陸上養殖システムであれば、通常は漁業法の適用がないことになります。
一方で、陸上養殖に関しては、基本的に、内水面漁業の振興に関する法律(以下「内水面漁業振興法」といいます。)が適用されることになります。内水面漁業振興法は、日本の内水面漁業が食文化と密接に関わる水産物(アユ、ワカサギ等)を供給する機能や、内水面漁業による水産動植物の増殖、漁場環境の保全・管理を通じて国民に釣りや自然体験活動といった自然と親しむ機会を提供する等の多面的機能を発揮している一方で、河川等における水産資源の生息環境の変化や特定外来生物・鳥獣による被害等によって内水面漁業による漁獲量が減少傾向にあるという事態や、漁業従事者の減少・高齢化により、内水面漁業の有する水産物の安定的な供給機能や多面的機能の発揮に支障を及ぼす懸念があるという状況を踏まえ、内水面漁業の振興を図るべく※4、平成26年に制定された比較的新しい法律です。
内水面漁業振興法の適用がある「内水面漁業」は、内水面における水産動植物の採捕又は養殖の事業と定義されています(同法第3条第1項)。ここでいう「内水面」とは、河川、湖沼、私有水面における養殖池など、陸域に囲まれる全ての水面を含むと一般に解釈されていますので※5、陸上養殖システムは通常「内水面」に含まれることになります。
内水面漁業振興法は、漁業法の規定が適用される水面以外の水面で営まれる養殖業であって政令で定めるもの(「指定養殖業」と定義されます。)を営もうとする者は、養殖場ごとに、農林水産大臣の許可を受けなければならないと定めています(同法第26条)。ただし、現状、指定養殖業として指定されているのは、うなぎ養殖業に限られます(同法施行令第1条)。これは、ニホンウナギの減少を受け、ニホンウナギの稚魚を利用する日本、中国、韓国及び台湾が、平成 26 年9月の協議で「ニホンウナギの池入数量を直近の数量から20%削減し、異種ウナギについては近年(直近3カ年)の水準より増やさないための全ての可能な措置をとる」等の共同声明を取り決めたことを受け、共同声明で課せられた池入数量の遵守を担保すべく、平成27年に、許可制の対象となる指定養殖業として指定されたという経緯があります。
これに対し、現行法上、多くの陸上養殖業は届出制の対象となります。内水面漁業振興法は、漁業法の規定が適用される水面以外の水面で営まれる指定養殖業以外の養殖業であって政令で定めるもの(「届出養殖業」と定義されます。)を営もうとする者は、養殖場ごとに、その養殖業を開始する日の1月前までに、農林水産省令で定めるところにより、次に掲げる事項を農林水産大臣に届け出なければならないと定めています(同法第28条)。ただ、従来(平成27年にうなぎ養殖業が届出養殖業から指定養殖業に変更されて以降、令和5年4月1日よりも前の間)は、届出養殖業として政令で定められたものはありませんでした。ところが、近時の技術の高度化等により新たな陸上養殖システムが導入され魚種も増加している中で、養殖業の持続的かつ健全な発展のため、養殖場の所在や養殖方法、排水等による周辺環境への影響などの陸上養殖の実態把握が必要となったという背景を踏まえ、令和5年4月1日以降、多くの陸上養殖が届出制へと移行しました。
具体的には、陸地において営む養殖業であって、食用の水産動植物(うなぎを除く。)を養殖するものであり、①水質に変更を加えた水若しくは海水を養殖の用に供するもの、又は②養殖の用に供した水を餌料の投与等によって生じた物質を除去することなく養殖場から排出するものといういずれかの要件を満たすものは、届出養殖業とされます(同法施行令第2条)。したがって、①②のいずれにも該当しない場合、例えば、河川等の淡水、湧水や上下水道の水を利用した掛け流し式(飼料投与等で生じた物質の除去あり)の陸上養殖システムのようなものを除き、届出が必要となります。
掛け流し式 (物質除去あり) |
掛け流し式 (物質除去なし) |
循環式 | |
---|---|---|---|
河川等の淡水、湧水 | 不要 | 必要 | 必要 |
上下水道の水 | 不要 | 必要 | 必要 |
海水 | 必要 | 必要 | 必要 |
出典:水産庁ウェブサイトをもとに筆者作成(https://www.jfa.maff.go.jp/j/saibai/yousyoku/taishitsu-kyoka.html)
水産庁によれば、令和6年1月1日時点において、陸上養殖業の届出件数(古くから河川、川沿い等で営まれている陸上養殖及び指定養殖業に該当するものを除きます。)は、662件に上ったとされます※6。届出のあった養殖種類の内訳は、以下の通りとされています。
出典:水産庁栽培養殖課「陸上養殖業の届出件数について(令和6年1月1日時点)」1頁~2頁
届出養殖業を開始しようとする場合、養殖業を開始する1ヶ月前までに、名称又は氏名及び住所、法人にあっては代表者の氏名及び住所、養殖場の名称及び所在地、養殖場ごとの養殖池数、養殖場ごとの全ての養殖池の総面積及び総体積、養殖の方法、養殖する水産動植物の種類、並びに養殖業の開始予定時期を記載した届出書を農林水産大臣に提出することが必要です(内水面漁業振興法第28条第1項・同施行規則18条第2項)。
また、届出養殖業者は、各事業年度(4月1日~翌年3月31日までの期間)に属する最終月の翌月の30日(=4月30日)までに、養殖の用に供した種苗の種類別の量や養殖の実績等を記載した実績報告書を農林水産大臣※7に提出する必要があります(内水面漁業振興法第29条・同施行規則第21条)。
陸上での養殖に限られたものではありませんが、養殖の実施に際しては以下の法令にも留意する必要があります。
規制的な観点だけを考えれば、海面養殖と比較して陸上養殖の参入障壁は格段に低いといえます。他方で、大規模かつ高度な設備を必要とし、電気や水といった多額のユーティリティ調達コストを要する陸上養殖を事業化する場合、大規模な資金調達を行う必要があります。その際、農林漁業法人等に対する投資の円滑化に関する特別措置法による漁業法人への投資手法(エクイティ調達)を活用することは一つの有力な選択肢と考えられます。
一方、デットの調達の面に目を向けますと、従来は、魚類養殖業には、生産着手から販売まで1年を越え、単年度収支で事業性を評価することが困難であること、設備資金やえさ代等に継続的かつ多額の運転資金が必要であること、極端な価格暴落や自然災害による経営リスクが大きいといった特徴があるがゆえに、金融機関からみて、伝統的な財務諸表や担保資産に頼った評価では養殖業の経営実態を適切に評価することが難しく、中長期の運転資金等の資金需要に応えることが困難といった問題が指摘されてきました※8。水産庁は令和2年4月に「養殖業事業性評価ガイドライン」を策定し、金融機関に対して養殖業の事業特性に対する理解を促すべく努めています。
さらに、ブルーエコノミーの促進に寄与するファイナンス手法として、近時、海洋資源の保護に資する養殖事業に対する資金提供等のための「ブルーボンド」、「ポジティブ・インパクト・ファイナンス」 や「ブルーサステナビリティファイナンス」などの債券発行や借入の形態による取組みが増加していることも注目されます※9。将来的には、長期かつ安定したオフテーカー(養殖業の購入事業者)を確保することで、陸上養殖プロジェクトに対するプロジェクトファイナンスの組成も期待されるところです。
※1
農林水産・食品ビジネス法務ニュースレターNo.1「海面養殖ビジネスと漁業法」(渡邉啓久、2024年1月)参照
※2
但し、公共の用に供しない水面であっても、公共の用に供する水面と連接して一体を成すもの(漁業法第4条)については、漁業法の適用がある。また、公共の用に供しない水面であって、公共の用に供する水面又は同法第4条の水面に通ずるものには、命令をもって漁業法第119条の規定及びこれに係る罰則が適用されることがある(同法第123条)。
※3
漁業法研究会・逐条解説漁業法10頁
※4
内水面漁業の振興に関する法律研究会・逐条解説内水面漁業の振興に関する法律3頁
※5
前掲注4書 8頁
※6
水産庁栽培養殖課「陸上養殖業の届出件数について(令和6年1月1日時点)」1頁
※7
なお、上記の開始届出及び実績報告書は、都道府県知事を経由して提出することが必要です(内水面漁業振興法第32条)。
※8
水産庁「養殖業事業性評価ガイドラインの策定について」(令和2年4月28日)
※9
宮下優一=渡邉啓久「発行促進が期待される『ブルーボンド』に係る実務ガイドの役割」(週刊金融財政事情2024年1月30日号)34頁~37頁も参照。
本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。
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