
塚本宏達 Hironobu Tsukamoto
パートナー(NO&T NY LLP)/オフィス共同代表
ニューヨーク
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NO&T International Trade Legal Update 国際通商・経済安全保障ニュースレター
ニュースレター
米国輸出管理規制アップデート~対中輸出規制の強化~(2022年11月)
米国輸出管理規制アップデート~先端コンピューティング及び半導体製造装置関連の輸出管理規制の強化~(2023年12月)
米国輸出管理規制アップデート~エンドユース・エンドユーザー規制の拡大~(2024年9月)
特集
経済安全保障
2025年5月12日、米国商務省産業安全保障局(the U.S. Department of Commerce’s Bureau of Industry and Security、以下「BIS」といいます。)は、2025年1月15日付の「AI拡散フレームワーク」※1(”Framework for Artificial Intelligence Diffusion”)を撤回したと発表しました。AI拡散フレームワークは、政権交代直前のバイデン政権末期に公表されたものであり、最先端のAI技術が悪意ある主体にアクセスされるのを防ぐことを目的として先端コンピューティング集積回路に関する輸出管理の拡大等を内容とするものでした。しかし、トランプ政権は、AI拡散フレームワークが過度に官僚的であり、米国の外交関係を損ない、また、米国のイノベーションを阻害する可能性があるとして、当該規則を撤回しました。
他方、BISは、AI拡散フレームワークの撤回に伴い、先端コンピューティング集積回路及びAIモデルの訓練に利用されるその他の品目に関する3つの新たなガイドラインやガイダンスを公表しました。これらの指針は、中国を中心としたAI技術の発展と軍事・諜報活動への懸念が高まる中、米国の国家安全保障を強化するためのBISの継続的な取り組みを反映したものですが、これまでの一貫した規制強化の姿勢とは異なり、EAR違反に対する執行強化の姿勢を示しつつ、企業からの、より厳格かつ自発的なデューデリジェンスを引き出そうとする新たなアプローチを示唆するものとなっている点が注目に値します。なお、将来的にはAI拡散フレームワークに代わる新たな先端コンピューティング集積回路に関する規則の発行が予定されています。
本ニュースレターでは、企業の皆様が最新の米国輸出管理規制を遵守するための理解を深める一助となるよう、3つの新たなガイダンスのうち、「先端コンピューティング集積回路の不正転用を防止するための産業界向けガイダンス」の主要なポイントをご説明します※2。
2025年5月13日、BISは「先端コンピューティング集積回路の不正転用を防止するための産業界向けガイダンス」※3(”Industry Guidance to Prevent Diversion of Advanced Computing Integrated Circuits”、以下「本ガイダンス」といいます。)を公表しました。本ガイダンスは、2022年10月以降規制強化※4の対象となっている先端コンピューティング集積回路の違法な転用スキームに対する産業界の認識を高めることを目的としています。本ガイダンスでは、先端コンピューティング集積回路には軍事・諜報関連のエンドユース及び大量破壊兵器(WMD)のエンドユースの可能性があるとした上で、実際に中国が先端コンピューティング集積回路やそれを含むシステムを、軍事力の近代化、大量破壊兵器の設計・試験における計算能力の向上、戦場効果の分析等に利用している点が指摘されています。このような危機感を背景として、BISは、中国による中国及びマカオ内外での先端コンピューティング集積回路の不正な取得やデータセンターへのアクセスを阻止するため、2022年10月以降EARに基づく規制を拡大してきました。
本ガイダンスでは、先端コンピューティング集積回路の不正転用に関わる可能性のある取引や活動を評価する際に役立つ新たなレッドフラッグが示されています。当該レッドフラッグの一例は以下のとおりです。
本ガイダンスでは、先端コンピューティング集積回路又はそれを含む商品の輸出又は利用に関して、新規の顧客(特に国別グループA:1以外の仕向地に所在する顧客)に対して、企業が取るべきデューデリジェンスの指針が示されています。当該指針の概要は以下のとおりです。
本ガイダンスは、AIモデルの訓練のためのEAR対象品目である先端コンピューティング集積回路又はその他の商品へのアクセスは、国別グループD:5(中国を含む)又はマカオにおける軍事・諜報活動及びWMDのエンドユースを可能にする可能性があるとの警鐘をならした上で、そのような先端コンピューティング集積回路又はそれを含む商品にはECCN 3A090.a、4A090.a、及びカテゴリ3、4、5の.z品目(例:ECCN 5A992.zに分類されるサーバー)に該当する品目が含まれるとしています。その上で、以下に該当する活動については、軍事エンドユース向けの製品であること又は軍事エンドユーザー向けであることを知り得た(”knowledge”)場合に該当し、EARパート744のキャッチ・オール規制に基づき、ライセンス要件に該当する可能性があるとされています※6。
上記取引や活動について事前にBISの許可を得ず、結果としてEAR違反があった場合、民事又は刑事罰の対象となる可能性がありますが、米国の国家安全保障及び外交政策に反する行為を行う外国の当事者(国別グループD:5(中国を含む)又はマカオに本社を置く関係者のためにWMD又は軍事・諜報エンドユースを支援する可能性のあるAIモデルの訓練による場合が含まれることとされています。)は、仮にEAR違反がない場合であっても、エンティティリストに追加される可能性がある旨が指摘されています。そのため、通常EARが問題とならないEAR対象外品目を取引する場合であっても、国別グループD:5(中国を含む)又はマカオに本社を置く関係者においてWMD又は軍事・諜報のエンドユースを支援する可能性のあるAIモデルの訓練に利用される可能性がないかという点に十分に留意する必要があります。
本ガイダンスにおいて、BISは、以下に掲げる情報を確認することが、規制対象となるエンドユース及びエンドユーザーへの先端コンピューティング集積回路の不正転用を防止するために役立つとしています。なお、既に顧客から一定の認証や証明書を取得している場合、既に実施された当該リスク軽減措置を一から実施し直す必要はないとしつつも、以下の情報について追加で確認を行う価値があるかどうかを検討されることが推奨されているため、既に進行中の取引に関しても、これまで顧客から入手した情報が必要十分なものであるかという観点から追加の検討を行うことが推奨されます。
輸出者は、受領したこれらの情報を精査し、当該情報に誤りやレッドフラッグ(例:事業内容が輸出品目と一致しない、電話番号が顧客又はエンドユーザーの所在地と一致しない等)がないか特定が求められます。また、顧客が一つ以上の情報要求に対して宣誓を拒否することは、それ自体がレッドフラッグになり得ると指摘されているため、仮に顧客が上記各情報の提供を拒んだ場合は、より慎重なデューデリジェンスが求められる可能性に留意する必要があります。
※2
後日発行予定の後編において、”BIS Policy Statement on Controls that May Apply to Advanced Computing Integrated Circuits and Other Commodities Used to Train AI Models”及び”Guidance on Application of General Prohibition 10 (GP10) to People’s Republic of China (PRC) Advanced-Computing Integrated Circuits (ICs)”を解説いたします。
※4
2022年10月7日に公表した暫定最終規則案の詳細は、当事務所発行の米国最新法律情報No.82「米国輸出管理規制アップデート~対中輸出規制の強化~」(2022年11月)を、2023年10月17日に公表した2つの暫定最終規則案の詳細は、当事務所発行の米国最新法律情報No.107/国際通商・経済安全保障ニュースレターNo.13「米国輸出管理規制アップデート~先端コンピューティング及び半導体製造装置関連の輸出管理規制の強化~」(2023年12月)をそれぞれご確認ください。
※6
軍事エンドユース・エンドユーザー規制の詳細は、当事務所発行の米国最新法律情報No.127/国際通商・経済安全保障ニュースレターNo.22「米国輸出管理規制アップデート~エンドユース・エンドユーザー規制の拡大~」(2024年9月)をご確認ください。
本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。
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