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農林水産法務×ビジネスと人権 ―食品企業における人権デュー・ディリジェンスの要点―


【はじめに】

農林水産省は、2023年12月、食品企業における人権尊重の取組に関連して、「食品企業向け人権尊重の取組のための手引き」を公表しました※1。本座談会では、本手引きの公表を踏まえて、食品企業が人権尊重の取組にあたり特に留意すべき点について、農林水産・食品ビジネス法務やビジネスと人権の分野に携わる弁護士が、それぞれの観点から議論します。

座談会メンバー

パートナー

笠原 康弘

主な業務分野は、M&A/企業再編、プライベートエクイティ・ベンチャーキャピタル、一般企業法務。米国及びブラジルにおける勤務経験を生かし、北中南米を中心とした国際案件も幅広く取り扱っているとともに、食品関係の案件についても豊富な経験を有する。

パートナー

福原 あゆみ

法務省・検察庁での経験を生かして企業の危機管理・不正調査を主な業務分野としており、企業の人権方針策定や人権デュー・ディリジェンスに関連するアドバイスを多く行うなど、ビジネスと人権の分野にも精通している。

アソシエイト

茨城 雄志

主な業務分野は、紛争解決、海外紛争(争訟)対応、知的財産。また、一般企業法務として、通報窓口対応や労務関係についてもアドバイスの提供を行う。

アソシエイト

三浦 雅哉

慶應義塾大学法学部卒。74期司法修習を経て2022年に弁護士登録。労働法が絡む法律問題や訴訟をはじめとした紛争解決業務を主な業務分野としているほか、農林水産法務にも力を入れて取り組んでいる。

CHAPTER
01

食品企業向け人権尊重の取組のための手引きの概要

三浦

企業活動のグローバル化によってサプライチェーンが世界中に広がり、企業活動による人権侵害リスクが高まる中で、2011年、国連の人権理事会は「ビジネスと人権に関する指導原則」を定めました。また、欧米を中心に人権尊重を理由とする法規制の導入が進んだ結果、欧米企業が取引先企業に対しても人権尊重の取組を求める動きもあり、日本企業としても人権侵害リスクに配慮してビジネス活動を展開していかなければならない時代になったといえます。こうした社会情勢を受けて、2023年12月、農林水産省は、「食品企業向け人権尊重の取組のための手引き」(以下「本手引き」といいます。)を公表しました。

福原

日本企業が取り組むべき指針として、セクター横断的なものとしては2022年9月に日本政府が公表した「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」(以下「人権デュー・ディリジェンスガイドライン」といいます。)がありますが、本手引きはこれを踏まえ、食品企業向けに具体的に留意すべき点が挙げられている点で参考になります。

笠原

食品産業においては、サプライチェーンが長く複雑であり、生産・製造・流通・小売りまで広く関係していることに加え、少子高齢化により労働人口が減少する中で、食品産業が雇用を確保し生き残るためにも、人権尊重の取組が特に重要とされています。本手引きにおいては、まず、人権尊重に取り組む必要性や人権尊重の取組の考え方を確認した上で、具体的な取組として、①人権方針の策定、②人権デュー・ディリジェンスの実施、③人権に負の影響を生じさせている場合における救済について指針が示されています。本手引きの全体像は以下の図のとおりです。

人権尊重の取組の全体像


本手引き9頁から抜粋

人権尊重の取組の全体像


本手引き9頁から抜粋

CHAPTER
02

食品企業における主要な人権リスク

福原

ここから、本手引きを踏まえて、食品企業における人権への取組に関する課題等について議論していければと思いますが、まず、食品企業としての人権リスクとして特に注目すべき点はどのようなものが挙げられるでしょうか。

茨城

既に指摘があったとおり、食品企業においてはサプライチェーンが長く複雑です。そのため、食品企業において労働者の人権尊重の取組を進めていく上では、①自社・グループ会社や直接取引先における労働者の人権と、②間接取引先における労働者の人権の大きく2つの視点で考えることが望ましいと考えています。前者についていえば、例えば、安全衛生など不十分な労働環境やハラスメント、非正規雇用労働者や外国人労働者に対する差別、国内調達先での外国人技能実習生の人権侵害等の懸念が挙げられます。また、後者であれば、典型的には、海外の原材料生産地での児童労働や強制労働が問題となっています。

三浦

人権問題というと、②に関連して、新興国の強制労働や児童労働などの問題が想起されることが多いと思いますが、国内でも、①の視点を含め、過重労働やそれに伴う過労死・過労自殺の問題がしばしば報道されたり、技能実習生に対する不適切な労務管理が一部の業界で横行して制度の見直しが進められるなど、人権リスクが身近な問題として潜んでいる点も無視できません。食品企業との関係でいうと、農業分野においては、事業の性質上、沢山の働き手を要するということや、他産業に比べて著しく高齢化が進んでおり人手不足が深刻化していることなどから、多くの現場で技能実習生頼りの生産活動が行われている現実があり、注意が必要です。

茨城

また、労働者の人権問題だけでなく、「消費者の安全と知る権利」も食品企業において重要な課題の一つです。食品は、消費者の健康に直接関わるものですので、安全な原材料を確保することは必要不可欠ですし、表示においても、例えば、アレルゲンを適切に表示することは、消費者が健康被害を受けないようにするために大切です。

笠原

食品の表示の問題でいえば、その他にも健康食品の表示の問題があります。健康意識の高まりから、健康食品が広く普及していますが、健康効果や有効性について虚偽誇大表示がなされ、その表示を消費者が信じてしまうと、適切な医療機関の受診機会を逸してしまいかねないため、「消費者の安全と知る権利」の観点から議論されています。また、健康食品に関する表示については、虚偽誇大表示が後を絶たないため、規制等局により継続的に厳しい取り締まりが行われている分野でもあります。
CHAPTER
03

食品企業における人権デュー・ディリジェンス

福原

人権デュー・ディリジェンスは、人権リスクを特定・評価して、リスクの予防・是正を行い、その結果を開示するという一連のプロセスになります。企業は、自社の活動だけではなく、取引先や調達先も含め、人権デュー・ディリジェンスを行い、人権侵害を起こしていないか、あるいは取引先等第三者の活動を通じて人権侵害に加担し、又は自社の製品等との関連性を有していないかを確認することが求められます。人権リスクは非常に広範であるため、優先順位を付けて、リスクが高いものから順に取り組むことが重要であり、本手引きでは、人権デュー・ディリジェンスガイドラインとその実務参照資料を踏まえ、人権リスクの特定とその優先順位付けの方法が紹介されています。

三浦

人権デュー・ディリジェンスガイドラインの考え方に沿って、本手引きでも、人権リスクが重大と考えられる事業領域を特定することが人権リスクの特定・評価に向けたファーストステップとされています。食料品の販売を事業内容としている食品企業を例に出すと、自社の販売している食料品ごとに、原料となる農水産物等の調達・原料の加工及び製造・輸送・販売の各段階でどのような人権侵害リスクが想定されるかを検討し、整理することにより、このような事業領域の特定を進めていくことが考えられます。本手引きの別添1には、代表的な人権に関するリスクが掲載されているので、人権リスクの洗い出しの一助になります。

茨城

なお、人権侵害リスクについては、通常の企業が行うリスクマネジメントと異なり、企業にとってのリスクの大きさではなく、ライツホルダー(人権主体を指し、例えば農園での児童労働であれば、児童労働させられた方)にとっての深刻度を基準とすべきとされている(本手引き2③(6頁)、人権デュー・ディリジェンスガイドライン4.1.3.2(20頁))点で、注意が必要です。

福原

なお、このような人権デュー・ディリジェンスにあたり、人権リスクの特定のために取引先等へのアンケートを行う企業は、食品企業に限らず増えています。一方で、アンケートだけでは回答の正確性が担保できないこともあり、現地監査など実際の生産環境を確認したり、現地の労働者と対話を行ったりすることも重要です。一方で、食品企業の場合には、小規模な農家等も多く、また、アクセスが悪い場所であることも多いので、どこまで人権デュー・ディリジェンスを行うかは難しい部分がありますが、アンケート等と組み合わせながら優先順位に従って対応を決めていくことが必要でしょう。

笠原

このように食品企業の人権デュー・ディリジェンスについて様々な課題がある中で、企業は実際にどのような取組を行っているのでしょうか。

茨城

例えば、国内の乳製品メーカーでは、客観性を担保するため、外部専門家からヒアリング・助言を受けながら、自社のサプライチェーンにおいて影響度の大きい人権リスクを抽出し、優先順位を付けた上で深掘り調査を行っている企業があります。また、別の食品メーカーでは、持続可能な原材料調達のために、主要原材料のリスク評価を行った上で、優先度の高い原材料にフォーカスし、農家や取引先等との対話を行っている例もあります。

三浦

また、最近では、持続可能な原料調達を目指す認証制度も広がっており、特にカカオやパーム油など、従来人権リスクが指摘されていた食品では国際的な認証制度も確立されています。企業がこのような認証制度を活用することで人権リスクを軽減することも選択肢になるでしょうか。

福原

持続可能な生産・利用を目指す認証制度が広がっていることは、消費者の意識の向上の契機となる点でもメリットがあると思われます。もっとも、認証制度の広がりに伴って、しっかりした調査が行われずに認証が行われたり、一つの製品について認証が乱立していたりする場合もあるので、認証制度がある製品を調達すれば足りるというのではなく、その認証自体が信頼できるものかを検討することや、人権リスクの度合いに応じて、認証を受けている場合でもモニタリングを行うことも必要となる場合があると考えられます。
CHAPTER
04

情報開示

笠原

人権尊重の自社の取組状況については、対外的に説明ができるようにすることが推奨されています。自社のホームページで、人権方針を公表したり、人権への取組に関する記載を含むサステナビリティレポートやCSRレポートを掲載する企業も多くありますが、2023年には、サステナビリティ開示の法定開示化がなされ、2023年3月期以降の有価証券報告書等から、人権のうち特に人的資本に関する項目を含むサステナビリティに関する考え方や取組を開示することが義務付けられました。今後も人権尊重の取組については、積極的な情報開示が求められることになると思います。

福原

一方で、人権デュー・ディリジェンス等に関する開示の内容については、実際の取組と乖離が生じてしまう場合、それが虚偽又は誤解を招く表示であるとして訴訟リスクやレピュテーションリスクが生じることもあるため、双方の観点に留意すべきかと思います。
CHAPTER
05

苦情処理メカニズム(申告窓口の設置等)

茨城

人権デュー・ディリジェンスにおいては、自社による机上の調査だけでは、調査範囲がどうしても絞られてしまうため、そこから漏れてしまう人権リスクもあると考えられます。そのため、人権侵害を受けた又はその懸念のあるステークホルダーが苦情を申告し、企業に対して是正を求めることができる苦情処理メカニズム(グリーバンス・メカニズム)を構築し、個別に人権課題を抽出できる仕組みを設けておくことも重要です。

三浦

もっとも、通報の範囲をどこまで広げるかについては吟味が必要です。自社の役員・従業員のほかに、サプライヤーからの通報も受け付けることとした場合、対応可能な言語や、いざ通報があったときに適切に調査や是正措置を行うことができるのかも考えておく必要があります。中小企業であれば、最初のステップとして、自社の従業員や直接的な取引先を対象とした通報窓口の導入・普及を優先することも考えられます。

笠原

また、企業自身が設ける通報窓口のほかに法務省の人権相談窓口など外部の苦情処理メカニズムもありますし、外国人技能実習機構や「責任ある外国人労働者受入れプラットフォーム」(JP-MIRAI)が外国人労働者向けの相談窓口や情報発信を行っています。企業としては、これらの窓口を社内で周知することも考えられますが、人権侵害の早期発見・未然防止という観点からは、企業自らが通報窓口を設けることにも一定の意義があると思われます。
CHAPTER
06

おわりに

福原

本日は本手引きを踏まえて、食品企業の人権デュー・ディリジェンスに関連する課題について広く議論させていただきました。多くの企業にとっては、人権デュー・ディリジェンスという枠組みでなくても、これまでの取組課題と重なる部分があると思いますが、うまく人権デュー・ディリジェンスの視点を取り入れて取り組み、その取組状況を開示していくことが重要だと考えています。

笠原

当事務所ではこれまで幅広く食品企業へのアドバイスを行ってきていますので、これまでの知見も役立てつつ、食品企業に求められる取組の在り方についてアドバイスできるかと思います。本日はどうもありがとうございました。

本座談会は、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。