大久保涼 Ryo Okubo
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CFIUSの調査・法執行権限を強化する規則案の公表(2024年5月)
CFIUSの活動に関する年次報告書(2023年度)の公表(2024年10月)
2022年9月15日、バイデン大統領は、対米外国投資委員会(以下「CFIUS」といいます。)による審査において重点的に考慮すべき事項を定めた大統領令(Executive Order on Ensuring Robust Consideration of Evolving National Security Risks by the Committee on Foreign Investment in the United States※1、以下「本大統領令」といいます。)を公布しました。本大統領令は、従来のCFIUSの権限や審査手続きを変更するものではなく、また、従来のCFIUS審査において国家安全保障上のリスクの観点から考慮されてきた事項に重大な変更を加えるものではありませんが、特定の個別分野における要考慮事項に具体的に言及するものであり、今後のCFIUS審査に一定の影響を与えることが予想されます。
また、2022年10月20日、CFIUSは、CFIUSの法執行と罰則に関する初のガイドライン(CFIUS Enforcement and Penalty Guidelines※2、以下「本ガイドライン」といいます。)を公表しました。本ガイドラインでは、CFIUS関連規制の違反を構成する3類型が示され、CFIUSが違反当事者に対して罰則を課す場合のプロセスや罰則を科す場合の考慮要素が具体的に定められています。
本大統領令及び本ガイドラインは、特に中国を念頭においた国家安全保障上の懸念に対処し、米国の技術的リーダーシップを確保しようとするバイデン政権の取り組みの一環であり、また、CFIUS審査における一定の透明性を確保しようとするものであると評価できます。以下、本大統領令及び本ガイドラインの概要並びに対米投資を行う日本企業への留意点についてご紹介します。
本大統領令は、CFIUS審査において、国家安全保障上の観点から以下の5つの事項を考慮することを定めています※3。いずれの考慮要素も、2018年のFIRRMA※4の制定以降、CFIUS審査の実務において既に一定程度考慮されてきたものですが、本大統領令はそのような実務慣行を明確化し、国家安全保障上懸念すべき要因を適切に特定するためのCFIUSの広範な権限と裁量を強化するものといえます。
本大統領令は、国家安全保障の基礎となる分野※5に関係する米国のサプライチェーンに与える影響について、CFIUSが重点的に審査することを求めています。国防生産法第721条(f)(3)は、CFIUS審査において「外国市民による国内産業と商業活動の支配」(”the control of domestic industries and commercial activity by foreign citizens”)が国家安全保障に与える影響を検討する旨既に規定していますが、本大統領令は米国のサプライチェーンへの影響について特に重点的に審査を行う点を明確にしています。当該影響を審査するにあたっては、①同盟国又はパートナー国に所在するサプライヤーも含めたサプライチェーン全体における代替可能なサプライヤーの多様化の度合い、②取引対象となる米国事業が、直接又は間接的に、米国政府、エネルギー部門の産業基盤又は防衛部門の産業基盤と供給関係にあるか否か、③特定のサプライチェーンにおける外国人による所有や支配の集中度合い等を考慮することとされています。
本大統領令は、特にマイクロエレクトロニクス、AI、バイオテクノロジー、量子コンピューティング、先端クリーンエネルギー、気候適応技術等の米国の国家安全保障に影響を与える分野について、対象となる取引が米国の技術的リーダーシップに影響を与えるか否か、また、将来的に国家安全保障を損なう可能性のある技術の発展や応用をもたらす可能性があるか否かを考慮することとしています。また、科学技術政策室(the Office of Science and Technology Policy)に対しては、「国家安全保障に関連する分野における米国の技術的リーダーシップの基礎と評価する技術分野のリスト」(”a list of technology sector… that it assesses are fundamental to United States technological leadership in areas relevant to national security.”)を定期的に公表することを求めています。
本大統領令は、審査中の取引のみならず、当該取引に関連するその他の一連の取引やより広く業界における投資動向についても考慮事項とすることを明確化しました。単一の取引としては限定的な脅威であったとしても、「国家安全保障の基礎となる活動に関わる同一、類似、又は関連する米国事業に対する一連の買収」(”A series of acquisitions in the same, similar, or related United States businesses involved in activities that are fundamental to national security“)という文脈で見た場合、重要産業に関する機微技術の移転を促したり、一連の取引による累積的な効果を通じて国家安全保障に損害をもたらすことがあることから、関連する複数の取引を考慮した上で、当該単一の取引を審査することとされています。さらに、当該取引に関連する分野における投資動向を考慮して、潜在的な脅威を適宜検証することも明らかとなりました。
本大統領令は、CFIUS審査において、審査中の取引がもたらすサイバーセキュリティへのリスクを検討することとしています。当該取引の結果、米国の国家安全保障を損ない得る行為を行う可能性のある外国人投資家に対し、米国の国益に影響を及ぼす悪質なサイバー活動に従事し得る能力や情報データベース、システムへのアクセスを提供し得るかどうか等を適宜検証することとしています。
CFIUSは、これまでもあらゆる個人データの収集に着目してきましたが、本大統領令は、CFIUSに対して、対象となる取引が米国人の機微データ(米国人の健康情報や個人を識別し得る非匿名情報が含まれます。)を扱う米国事業を含むかどうか、米国の国家安全保障を損ない得る行為を行う可能性のある外国人投資家に対し当該機微データが移転することとなるか、外国投資家が関係を持つ第三者が国家安全保障に損害をもたらす形で当該機微データを悪用する意図・能力があるか等を検証することとしています。
国防生産法第721条は、CFIUSに対し、一定の法令違反を犯した当事者に対する金銭的罰則及びその他の是正措置を課す権限を付与していますが、本ガイドラインは、CFIUSに付与された当該権限に関し、法令違反を構成することとなる3類型を示した上で、CFIUSが当該法令違反を犯した当事者に対して罰則を課す場合のプロセス及び考慮事項について規定しています。また、法令違反を認識した場合の当事者による速やかかつ完全な自主開示の重要性についても言及されています。本ガイドラインは、CFIUSに付与された権限の範囲を変更又は拡大するものではなく、従来の法執行と罰則に対するCFIUSの姿勢を直ちに転換するものでもないと考えられます※6。もっとも、本ガイドラインは、CFIUSが特に監視・執行活動のため人員を増強する取り組みを行っていると公表している中※7で発表されたものであり、今後CFIUSによる法執行と罰則が活発化する可能性も考えられることから、その内容について注視する必要があるものと思われます。
本ガイドラインは、CFIUSによる法執行と罰則の対象となり得る法令違反として、以下の3類型を掲げています。
公表資料によれば、本ガイドライン公表前に実際にCFIUSにより罰則が科された事例として、②の類型の違反が認定されたと思われる事例が2件(必要なセキュリティポリシーを確立しなかったこと及びCFIUSに適切な報告を行わなかったことを含め、CFIUSと合意した影響緩和措置に違反したとして100万ドルの罰金が科された2018年の事例※8、CFIUSによる暫定命令が定める保護されたデータへのアクセスの制限及び適切な監視を怠ったことを含め、当該暫定命令に違反したとして75万ドルの罰金が課された2019年の事例※9)存在します。
なお、上記類型に該当する法令違反行為のすべてが罰則やその他是正措置の対象となるわけではなく、以下4.でご説明する各考慮事項を踏まえた上で、CFIUSの裁量をもって罰則等の対象となるか否かが判断されることとされています。
本ガイドラインは、CFIUSが潜在的な法令違反の可能性について情報を取得する際、以下の情報源を中心に、広く米国政府、公開情報、情報提供機関、取引当事者、届出当事者等から情報を収集することとしています。
CFIUSは、関連する当事者に対して情報を提供するよう要求することができ、CFIUSが法令違反を認定した場合において、その後の措置を決定する際に当該当事者が当該要求に協力したか否かを考慮することができるとしています。
CFIUSは、たとえ法令等によって明示的に要請されていない場合であっても、法令違反となる可能性のある行為に関与した者が適時に自主開示を行うことを強く奨励しています。当該自主開示は文書形式によるものとされており、すべての関係者及び違反を構成する可能性のあるすべての事項について完全な説明が求められています。当事者が適時かつ完全な自主開示を行った場合、後述のとおり、罰則やその他の是正措置が必要かどうかを判断する際に当事者にとって有利な要因として考慮されることとなります。もっとも、自主開示を行ったことをもって罰則やその他の是正措置を必ずしも免れることができるわけではない点に留意する必要があります。
CFIUSは、違反行為が発生した可能性を第三者が認識した場合、CFIUSのウェブサイト※10を通じて積極的な情報提供を行うことを呼びかけています。
本ガイドラインは、潜在的な法令違反に対する執行及び罰則を規律する基本的な手続きを定めており、その概要は以下のとおりです。
第一に、CFIUSは、対象となる当事者に対し、罰せられるべき行為、賦課される金銭的罰則の総額及びその行為が違反を構成すると結論づけた法的根拠を記載した書面を送付することとされています。なお、当該書類には審査にあたってCFIUSが考慮した要素について言及することができるとされています。
当事者は、当該通知を受け取ってから15営業日以内(ただし、正当な理由がある場合、CFIUSと合意すれば延長可能。)に、CFIUSのStaff Chairpersonに対して再検討を求める申立てを提出することができます。当該申立てには、当事者が主張する抗弁や正当化事由等を含めることができるとされています。
CFIUSは、適時に再検討の申立てを受理した場合、受理から15営業日以内(ただし、正当な理由がある場合、当事者と合意すれば延長可能。)に、当該申立てを考慮した上で、最終的な罰則決定を行うこととされています。
本ガイドラインは、CFIUSが適切な罰則を判断する上で、以下の要素を勘案することとしています。なお、以下に掲げる要素はあくまでも例示列挙とされており、各要素の重要性も問題となる案件の事実関係ごとに異なるとされている点に留意が必要です。
以上のとおり、本大統領令及び本ガイドラインを通じて、米国の国家安全保障にとって特に重要な産業部門に対するCFIUSによる審査及び保護への取り組みが強化される点が明確化されるとともに、従来のCFIUS審査プロセスにおいて必ずしも明示されていなかった点が一定の透明性をもって広く周知されることとなりました。本大統領令を通じてCFIUS審査の際に特に考慮される5つの事項が示されたことにより、今後の対米投資案件において、対象会社が関与するサプライチェーンなど、デュー・ディリジェンスにおいて必ず確認すべき事項がより明確になったと言えます。また、本ガイドラインは、CFIUSによる法執行及び罰則の判断にあたり法令遵守のための社内外のリソースや、当事者のCFIUSに関する理解・社内コンプライアンス体制を考慮することとしていることから、対米投資案件に関与する日本企業において、CFIUSに関連する一連の法規制について日常的に理解を深めておく必要性が益々高まったものといえます。
※3
国防生産法(the Defense Production Act of 1950, as amended (50 U.S.C. 4565))第721条(f)(11)(”such other factors as the President or the Committee may determine to be appropriate”)が大統領に付与する権限により、国防生産法第721条(f)に列挙されているCFIUS審査における安全保障上の考慮要素を明確化するものです。
※4
FIRRMAの詳細につきましては、本ニュースレターNo.39、No.40、No.44、No.45、No.46、No.49及びNo.51もご参照ください。
※5
国家安全保障の基礎となる分野として、マイクロエレクトロニクス、AI、バイオテクノロジー、量子コンピューティング、先端クリーンエネルギー、気候適応技術、重要資源(リチウム、レアアース等)、食料安全保障に影響を与える農業産業基盤の要素などが個別列挙されています。
※6
CFIUSが公表する2021年度の年次報告44ページ(https://home.treasury.gov/system/files/206/CFIUS-Public-AnnualReporttoCongressCY2021.pdf)によれば、2021年度における国防生産法第721条に基づく罰則の査定及び賦課件数は0件とのことであり、一方的な審査を開始した件数も0件とのことです。
本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。
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