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ニュースレター

FCPAを中心とした海外贈収賄規制に関する近時の動向

NO&T Compliance Legal Update 危機管理・コンプライアンスニュースレター

※本ニュースレターは情報提供目的で作成されており、法的助言ではありませんのでご留意ください。また、本ニュースレターは発行日(作成日)時点の情報に基づいており、その時点後の情報は反映されておりません。特に、速報の場合には、その性格上、現状の解釈・慣行と異なる場合がありますので、ご留意ください。

1. はじめに

 米国司法省(「DOJ」)及び米国証券取引委員会(「SEC」)による海外腐敗行為防止法(The Foreign Corrupt Practices Act of 1977、「FCPA」)への違反事案の執行件数は、バイデン政権設立以降のここ数年間、概ね同水準で推移しています※1。バイデン政権下では、汚職防止への取組強化を推進する方針が掲げられており※2、トランプ政権時代と比較して執行件数はやや減少しているものの、新型コロナウイルス感染症拡大によるDOJ及びSECの調査・執行活動の停滞・遅延が影響していると推察されることから、米国政府による汚職防止及び制裁強化の傾向自体は確立していると考えられます。FCPAの執行は、制裁金額のインパクト等から日本企業にとっては引き続き注視を要する分野であるため、本ニュースレターでは、近時のFCPAに関する動向を中心にご紹介します。

2. 米国当局の施策・方針に関するアップデート

(1) Assistant Attorney Generalによる声明(2023年11月)

 2023年11月29日、DOJのCriminal DivisionのAssistant Attorney GeneralであるNicole M. Argentieri氏は、同日に開催されたInternational Conference on the Foreign Corrupt Practices Actにおいて、FCPAの執行強化に関し、継続的なデータ分析の活用及び汚職事案の立件に向けた国際的な協調の推進等を内容とする声明(「Argentieri声明」)を発表しました※3。これらの方針は、既にバイデン政権の設立初期から掲げられていましたが※4、Argentieri声明により、改めてDOJの方針が強調されたといえます。

 Argentieri声明では、データ分析の活用方法の詳細は明らかにされていないものの、DOJが企業による自主報告のみに依拠せず、公開・非公開のデータから能動的にFCPA事案を探知・摘発する旨を示唆しており、企業の自主報告の要否に関する判断において念頭に置く必要があります。また、Argentieri声明では、国際企業贈賄防止に関する取組(The International Corporate Anti-Bribery Initiative)を公表し、各国のカウンターパートとの国際的な協調関係を構築・強化する方針を打ち出しており、米国外における贈賄行為で、FCPAの適用対象となる行為に対する執行強化の可能性も示唆されています。

(2) The Foreign Extortion Prevention Actの施行

 米国では、2023年12月22日、FCPAに加えて、賄賂を要求・収受等した外国公務員に対する刑事罰を定めた法律(The Foreign Extortion Prevention Act、「FEPA」)が施行されました。

 FEPAは、賄賂を提供した者に対する罰則を定めているわけではなく、その意味で、従前のFCPAの解釈・運用に直ちに影響を与えるものではないと考えられますが、米国政府の汚職事案に対する厳しい対応の姿勢を示す一つのシグナルであるといえます。また、米国外に所在する外国公務員を対象とする証拠収集や身柄の確保に関する実務上の課題はありますが、賄賂を提供した企業が、米国当局との和解において調査協力のクレディットを得るための要求水準として、或いは、和解において定められる調査協力義務の一環として、賄賂提供先の外国公務員に対するFEPAの執行のために必要な情報提供への協力を求められる状況も想定されることから、今後の執行動向が注目されます。

(3) 自主申告に関するDOJの指針及びM&Aに関するセーフハーバー・ポリシー

 FCPAの執行方針を直接的に定めたものではありませんが、不正行為の自主申告に関するDOJのガイダンスは、FCPAを含む企業犯罪の摘発を更に促進するというDOJの取組の表れであり、企業犯罪の疑いに直面した企業にとって、当該企業犯罪に関する情報を自主的に当局に申告するか否かの決定に、重大な影響を与えるといえます。

 2022年9月15日に副司法長官が発表したDOJの刑事執行に関するガイダンス※5に対応して、2023年1月17日、FCPAを所管するDOJのCriminal Divisionは、企業犯罪の執行及び自主申告に関する指針※6を公表しました。同指針は、刑の加重事由(aggravating factors)※7がなく、かつ、企業による自主申告、DOJによる調査への協力、適時適切な不正行為の是正を実施した場合には、推定的な不起訴処分(declination)に相当する旨を定めています※8。また、仮に、加重事由の存在により不起訴処分とはならずとも、自主申告、調査協力及び是正措置が認められる場合には、訴追免除合意(non-prosecution agreement)又は訴追猶予合意(deferred prosecution agreement)の和解形式で、米国量刑ガイドライン(US Sentencing Guidelines)の定めに従って算出される制裁金のレンジに対し、50%から75%の減額を認める旨を定めています。

 さらに、2023年10月4日にDOJが発表したM&Aセーフハーバー・ポリシー※9では、買収を実行した会社(acquiring company)が、①クロージング日から6ヶ月以内に買収対象会社の不正について自主申告した上で、同じくクロージング日から1年以内に当該不正を是正し、②DOJの調査に完全に協力し、③違反行為により得た利益の吐き出し及び被害者に対する被害回復措置を実施した場合には、推定的な不起訴処分(declination)に相当する旨が明確化されました。買収対象会社へのデュー・ディリジェンス及びPMIのプロセスを通じて、対象会社の不正行為を発見した企業は、このセーフハーバー・ポリシーを念頭に置きつつ、当局への自主申告の要否について慎重に検討することが必要となります。

(4) 個人版自主申告パイロットプログラム

 2024年4月15日、DOJは、FCPA違反を含む一定の企業犯罪に関与した個人が、当該犯罪行為に関する情報を自主的に当局に報告した上で、当局による調査に協力した場合には、当該個人との関係では、訴追免除合意(non-prosecution agreement)による解決が行われるとの運用を示したパイロットプログラムを公表しました※10。このパイロットプログラムの実務上の運用について、今後の動向に注視する必要がありますが、外国公務員に対する贈賄に関与した個人が、当局に情報提供を行うリスクが相対的に高まったといえ、関係個人からの情報提供を契機とした当局による企業の摘発・執行の強化の動きにも注目する必要があります。

3. 近時のFCPAの執行事例

(1) Albemarle Corporation

 ノースカロライナ州に本社を置く化学薬品メーカーであるAlbemarle Corporation(「Albemarle社」)は、2009年から2017年にかけて、ベトナム、インドネシア、インドの国営石油精製会社との化学触媒に関する契約を獲得・維持することを目的に、第三者である販売代理店や子会社の従業員を通じて政府高官に賄賂を支払い、約9,850万ドルの利益を得たことを理由とするFCPA違反に関し、2023年9月29日、DOJ及びSECとの間で、刑事制裁金及び利益の吐き出し(disgorgement)等として総額2億1,800万ドル以上を支払うことを内容とする訴追免除合意(non-prosecution agreement)を締結しました※11

 Albemarle社の贈賄行為は、販売代理店を通じて行われたところ、このケースに限らず、FCPAの執行事案の中には、エージェント等の第三者を通じて贈賄が行われるケースが非常に多く、下記4.のとおり、企業における第三者のスクリーニングが重要となります。

 また、Albemarle社は、DOJ及びSECが不正行為を認識する以前に当該不正行為を自主申告したものの、同社が申告の約16ヶ月前にベトナムでの不正行為の可能性を知り、申告の少なくとも9ヶ月前には不正行為の可能性を示す証拠を収集していたことから、当該申告は、上記2.(3)で述べた自主申告に関する指針における「合理的に迅速(reasonably prompt)」な期間内のものではなかったと評価されています。外国公務員への贈賄事案は、複数の国において、エージェント等の第三者を通じて行われるなど、相応に複雑なスキームのものが多いため、企業としては、贈賄の可能性を認識した後、速やかな事実関係の調査と自主報告の要否の判断が必要となることを示唆しています。

 他方で、DOJ及びSECは、Albemarle社による自主的な内部調査、広範な調査協力、関係者に対する即時の改善措置、腐敗防止のコンプライアンス・プログラムの強化を評価し、量刑ガイドラインに基づいて算出された制裁金を45%減額するとともに、コンプライアンスモニターの設置を義務付けませんでした。特に、事案発覚後に、汚職リスク低減のためのビジネスモデルの見直し、従業員への広範な教育の実施、報酬と売上高の結び付きをなくす等のインセンティブ設計の見直し等を内容とするコンプライアンス・プログラムの強化策を実行したことが高く評価されている点、及び、関係役職員17名の賞与の支払いを差し控えたことが、DOJのCriminal Divisionが2023年3月に公表した報酬インセンティブ及びクローバックに関するパイロットプログラム※12を根拠とする制裁金の減額対象とされた点は、注目に値します。

(2) SAP SE

 ドイツに本社を置くソフトウェア企業であるSAP SE(「SAP社」)は、①2013年から2017年にかけて南アフリカの省庁や国有企業等との様々な契約に関連して不適切な利益を得ることを目的に、特定の代理人を通じて、公務員に対して賄賂を贈ったこと、及びSAP社の帳簿、記録、会計を改ざんしたこと、並びに②2015年から2018年にかけてインドネシアの省庁や国有企業等との様々な契約に関連して不適切な利益を得ることを目的に、特定の代理人を通じて、公務員に対して賄賂を贈ったことを理由とするFCPA違反に関し、2024年1月10日、DOJ及びSECとの間で刑事制裁金及び没収(administrative forfeiture)等として総額2億2,000万ドル以上を支払うことを内容とする訴追猶予合意(deferred prosecution agreement)を締結しました※13

 DOJ及びSECは、真摯な調査協力、関係者に対する即時の改善措置、事案発覚後のコンプライアンス・プログラムの強化をはじめとする是正措置を評価し、量刑ガイドラインに基づいて算出された制裁金額を40%減額するとともに、コンプライアンスモニターの設置を義務付けませんでした。SAP社は、2016年にパナマでのFCPA違反に関連してSECとの間で和解契約を締結していましたが、過去に不正を行った企業であっても、真摯な調査協力と是正措置等を行うことによって、(自主的に当該不正行為を申告していないとしても)制裁金の大幅な減額を受けられた点は着目に値します。また、DOJは、SAP社と締結したDPAにおいて、同社が南アフリカ当局に支払う刑事制裁金等の額を上記制裁金等の総額から差し引く旨に合意しており、上記2.(1)で述べた汚職防止に関する国際的な協調に関するDOJの取組とも整合的であるといえます。

4. 日本企業における海外贈賄防止に向けた対応

 米国では2024年11月に大統領選を控えているものの、これまで政権交代にかかわらずFCPAの執行が継続されていること、前回のトランプ政権下において2016年4月に自主申告に関するパイロットプログラムが施行される等のアップデートも行われていたこと等を踏まえると、今後も積極的な執行が継続することが予想されます。

 また、米国だけでなく欧州でも、EU加盟国間で汚職に関する刑事犯罪の取締りをより実効的にするために刑事罰を統一化する方向での議論が進められており、2024年6月14日には汚職の対策に関する指令(directive on combating corruption)がEU理事会で採択されました※14。同指令案は、贈賄を含む汚職犯罪の定義及び各汚職犯罪に対する制裁の内容等を含むものですが、今後新たな欧州議会において更に審議がなされることが見込まれます。

 グローバルでのこのような情勢も踏まえ、企業としては、自社(ないし自社グループ)のコンプライアンス・プログラムが、贈賄防止並びに早期発見及び是正に資するものであるかを定期的に見直すことが望ましいと考えられますが、上記3.の近時の執行事案の状況等を踏まえ、以下のような点が特に重要と思われます。

  • 公務員等との取引に介在する第三者のスクリーニングを含む自社グループの贈賄リスクアセスメント:上記3.で言及した事案を含め、FCPA違反の執行事例の多くが第三者をエージェントとして介在させた事案であることに鑑み、外国政府及び国営企業との取引に関与する第三者の適格性を適切に評価するため、第三者起用の際の基準やプロセスを策定することが有用と考えられます。
  • 従業員の研修・教育:多くの企業が贈賄に関連する研修・教育を行っていますが、自社の事業やリスクの実態に照らした研修が実施されているか、また、特に贈賄リスクが高いと考えられる国や地域に所在する海外子会社や海外拠点の役職員に対しても必要な研修・教育がなされているかといった観点から、改めてその内容を見直すことも考えられます。
  • 内部通報制度の整備及び社内でスピークアップ(申告)することに対するインセンティブに関する検討:自社ないし自社グループの内部通報制度が、贈賄行為の早期発見と抑止、外部告発防止等の観点から、報復のおそれなく機密性を確保して申告可能なものとなっているかを改めて見直すとともに、報酬制度にコンプライアンスを促進するインセンティブが実効的に付与されるよう設計することが考えられます。
  • 取引データの分析:上記3.で述べたAlbemarle社及びSAP社が導入したように、自社の取引(特に外国政府及び国営企業との取引)のデータをモニタリングし、汚職の兆候がないかを分析する仕組みを導入することも検討に値します。

 また、上記2.(3)及び(4)で述べたM&Aセーフハーバー・ポリシー及び個人版自主報告パイロットプログラムは、企業による自主申告を促す方向に働く施策のうちの1つであり、その反面、適時の自主申告を怠った結果、DOJが独自に不正を探知した場合には、厳しい対応をとることを示唆するものといえます。そのため、企業は、適時適切な事実調査及び自主報告の要否の検討ができる体制を日頃から整備しておくことが重要であるとともに、M&Aの局面に関していえば、買収の過程で贈賄行為等が判明した場合には、セーフハーバー・ポリシーを踏まえ、買収実行後のビジネス統合に追われる中でも可及的速やかな事実調査及び自主報告の要否の検討が求められるため、同ポリシーが適用される事案の執行動向にも留意しておく必要があると考えられます。

脚注一覧

※1
スタンフォード大学ロースクール(Stanford Law School Foreign Corrupt Practices Act Clearinghouse)が公表しているFCPA事案の執行件数に関する統計資料によれば、2023年の執行件数は、DOJが13件、SECが9件(ただし、両当局が共同して執行したケースは、双方にカウントしている。)である(https://fcpa.stanford.edu/statistics-analytics.html?tab=1)。

※4
前掲本ニュースレター第60号参照

※5
2022年10月発行「企業犯罪執行の強化に関する米国司法省の新たな指針」(本ニュースレター第70号)参照

※7
Aggravating factorsは多岐にわたるが、例えば、当該不正行為の悪質性が高いこと、企業内で広く蔓延していたこと、現経営陣の関与があること等が挙げられる。

※8
また、同指針は、仮に刑の加重事由が認められる場合であっても、企業が、即座に自主申告を行い、調査に対して多大な協力をし、行為時及び申告時の双方において実効的なコンプライアンス・プログラムの存在が認められる場合には、不起訴処分(declination)の余地を残している。

※10
2024年5月発行「米国司法省による個人版自主報告パイロットプログラムの公表について」(本ニュースレター第90号)参照

本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。


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