
清水美彩惠 Misae Shimizu
パートナー
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ニュースレター
企業に求められるカスハラ対策―厚生労働省によるカスハラ対策企業マニュアルの策定、精神障害の労災認定基準の改定を受けて―(2024年4月)
【2025年4月施行】東京都カスタマー・ハラスメント防止条例の概要(2025年2月)
セミナー
カスタマーハラスメント対応力強化セミナー 第1回「カスハラに対する法規制の状況や行政の動向」(2024年6月)
カスタマーハラスメント対応力強化セミナー 第2回「カスハラの基礎知識 ~カスハラの定義と判断基準~」(2024年7月)
カスタマーハラスメント対応力強化セミナー 第3回「企業に求められるカスハラ対策の実務上のポイント」(2024年7月)
2025年6月4日、労働施策総合推進法※1や男女雇用機会均等法※2などを改正する「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律等の一部を改正する法律」(令和7年法律第63号、以下「本改正法」といいます。)が成立し、6月11日に公布されました(改正後の労働施策総合推進法を「改正労働施策総合推進法」、改正後の男女雇用機会均等法を「改正男女雇用機会均等法」といいます。)。本改正法は、公布後1年6ヶ月以内の政令で定める日に施行されるとされており、2026年中には施行される予定となっています。改正労働施策総合推進法によって、企業に対して、カスタマー・ハラスメント(以下「カスハラ」といいます。)を防止するために雇用管理上必要な措置(以下「防止措置」といいます。)を講ずることが義務付けられるとともに、改正男女雇用機会均等法によって、既に義務付けられていたセクシュアル・ハラスメント(以下「セクハラ」といいます。)の防止措置義務の対象に、新たに就職活動中の学生やインターンシップ生等の求職者等(以下「求職者等」といいます。)に対するセクハラが追加されました。
本ニュースレターでは、カスハラに関する内容を中心に、本改正法の内容を概説するとともに、企業が講ずべきカスハラ防止対策のポイントについて解説します。
カスハラは、一般的には「顧客や取引先からの著しい迷惑行為」をいうとされています。厚生労働省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」(2022年2月25日)(以下「厚労省カスハラ対策マニュアル」といいます。)、東京都カスタマー・ハラスメント防止条例(以下「東京都カスハラ防止条例」といいます。)では、それぞれ、カスハラについて、以下のように定義されていました(なお、厚労省カスハラ対策マニュアルの内容については、労働法ニュースレターNo.12・紛争解決ニュースレターNo.20「企業に求められるカスハラ対策―厚生労働省によるカスハラ対策企業マニュアルの策定、精神障害の労災認定基準の改定を受けて―」(2024年4月)、東京都カスハラ防止条例の内容については、労働法ニュースレターNo.22・紛争解決ニュースレターNo.29「【2025年4月施行】東京都カスタマー・ハラスメント防止条例の概要」(2025年2月)で詳しく紹介しておりますのでご参照ください。)。
これに対し、改正労働施策総合推進法では、カスハラは、以下の3つの要素をすべて満たすものをいうと定義されています(同法33条1項)。
改正労働施策総合推進法、厚労省カスハラ対策マニュアル、東京都カスハラ防止条例の定義を比較すると、それぞれの言い回しには細かい差異はあるものの、基本的に、①顧客等の言動であるか、②当該言動が社会通念上相当な範囲を超えるものであるか、③労働者の就業環境が害されるか、の3つの要素を問題にしているという点では共通しており、規制対象とする行為は実質的には異ならないものと考えられます。
改正労働施策総合推進法に基づき、企業が講じなければならないカスハラの防止措置の具体的な内容は、今後、厚生労働大臣が定める指針により明らかにされることになっており(同法33条4項)、カスハラ該当性の具体的な判断要素についても同指針において示されるものと考えられます。以下では、法改正について議論された労働政策審議会雇用環境・均等分科会の議事録や分科会資料等を参考に、改正労働施策総合推進法におけるカスハラの定義について予想される内容を解説いたします。
カスハラの主体となる「顧客等」の定義は広く解されており、「顧客等」には、既存の顧客だけでなく、今後、顧客となる可能性のある潜在的な顧客も含まれるとされる見込みです。また、「取引の相手方」には公務員も含むことが前提とされており、「その他の当該事業主の行う事業に関係を有する者」は、広く多様な者を含む趣旨であり、法律上の利害関係者だけではなく、学校に通う子の保護者、施設利用者の御家族、施設の近隣住民など、事実上の利害関係者も含むものとされることが想定されています(以上につき、労働政策審議会雇用環境・均等分科会(73回)議事録(2024年10月8日)10頁、労働政策審議会雇用環境・均等分科会(74回)資料「女性活躍推進及び職場におけるハラスメント対策についての検討課題と主な御意見」(2024年10月21日、以下「第74回分科会資料(2-1)」といいます。)6頁)。
「社会通念上許容される範囲を超えたもの」とは、「言動の内容」及び「手段・態様」に着目し、総合的に判断するものとし、「言動の内容」、「手段・態様」のいずれかのみで社会通念上相当な範囲を超える場合もあり得るとされることが想定されています(第74回分科会資料(2-1)、6頁)。このような考え方は、厚労省カスハラ対策マニュアル、東京都カスハラ防止条例の考え方とも共通しています。
「労働者の就業環境が害される」とは、労働者が身体的又は精神的に苦痛を与えられ、労働者が就業する上で看過できない程度の支障が生じることを意味し、その判断に当たっては、「平均的な労働者の感じ方」、すなわち「同様の状況で当該言動を受けた場合に、社会一般の労働者が、就業する上で看過できない程度の支障が生じたと感じるような言動であるかどうか」を基準とすることが想定されています(第74回分科会資料(2-1)、7頁)。これは厚生労働省が既に公表している「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和2年厚生労働省告示第5号、以下「パワハラ指針」といいます。)や「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(平成18年厚生労働省告示第615号、以下「セクハラ指針」といいます。)における考え方と共通するものです。
以上のとおり、改正労働施策総合推進法におけるカスハラの定義は、厚労省カスハラ対策マニュアルや東京都カスハラ防止条例の定義と基本的には共通していると考えられますので、各企業は現在取り組みを開始しているカスハラ対策の方向性を変更する必要はないと考えられます。
改正労働施策総合推進法は、事業主に対して、同法に定める定義に該当するカスハラによって労働者の就業環境が害されることのないよう、労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講ずることを求めています(33条1項)。求められる防止措置の具体的な内容は、今後、厚生労働大臣が定める指針により明らかにされることになっていますが(33条4項)、パワハラやセクハラと同様、以下のような内容が盛り込まれる見込みです。
また、改正労働施策総合推進法は、パワハラやセクハラと同様に、事業主が、労働者がカスハラの相談を行ったことや、事実確認に協力するなどの相談対応に協力したことを理由とする不利益取扱いを行うことを禁止しています(33条2項)。
さらに、カスハラは、一般消費者との間のB to C(Business to Consumer)の関係だけでなく、企業間のB to B(Business to Business)との関係でも問題になるところ、改正労働施策総合推進法は、事業主が、他の事業主からカスハラ防止措置を実施するために必要な協力を求められた場合(例えば、事実確認のためのヒアリングへの協力を依頼された場合など)に、これに応じる努力義務があるとしています(33条3項)。
改正労働施策総合推進法は、事業主に対して、カスハラの問題に対する、その雇用する労働者の関心と理解を深めるとともに、当該労働者が、他の事業主が雇用する労働者に対してカスハラを行うことがないよう、研修の実施その他の必要な配慮を行うほか、国の講じる措置に協力するよう努める(34条2項)とともに、役員を含む事業主自らも、他の事業主が雇用する労働者に対する言動に必要な注意を払うよう努めることを求めています(同条3項)。
カスハラ対策の対応が難しくなる要因の1つに、カスハラは、顧客等に対する対応が問題となるという点が挙げられます。顧客等に対する対応方針は企業ごとに違いがあり、一定のレベルを超えるクレームには毅然と対応する方針の企業もあれば、法的な責任を超えて、可能な限り顧客に寄り添う対応をとりたいと考える企業もあり、必ずしも正解はありません。また、提供するサービスの価格帯やターゲットとするクライアント層によっても、カスハラの対応方針は異なり得るところです。
そこで、各企業としては、まずは、従業員から、自社においてよく発生するクレーム、カスハラ事例を聞き取って類型化し、それに対する各企業の考え方や対応方針を協議・決定した上で、各企業の顧客対応ポリシーや企業文化に合った独自のカスハラの判断基準や対応方針を策定し、現場と共有することが重要です。各企業におけるよくあるカスハラ事例について具体的に「どう対応すべきか」を定めたQ&Aを作成することも有用であると考えられます。
改正男女雇用機会均等法は、事業主に対して、既に義務付けられていたセクハラの防止措置義務の対象に、新たに求職者等に対するセクハラを追加しました。具体的には、事業主に対して、以下を求めています。
まず、事業者が雇用する労働者による性的な言動により、求職者等の求職活動等が阻害されることがないよう、当該求職者等からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講ずることを求めています(13条1項)。求められる防止措置の具体的な内容は、今後、厚生労働大臣が定める指針により明らかにされることになっており(13条3項)、既存のセクハラ指針の内容を参考とするほか、以下のような内容が盛り込まれる見込みです。
また、改正男女雇用機会均等法は、事業主が、労働者が求職者等からの相談への対応に協力した際に事実を述べたことを理由とする不利益取扱いを行うことを禁止しています(13条2項)。
さらに、改正男女雇用機会均等法は、事業主に対して、求職活動等における性的言動問題に対するその雇用する労働者の関心と理解を深めるとともに、当該労働者が、求職者等に対する言動に必要な注意を払うよう、研修の実施その他の必要な配慮をするほか、国の講ずる措置に協力するよう努める(14条2項)とともに、役員を含む事業主自らも、求職活動等における性的言動問題に関する関心と理解を深め、求職活動等における性的言動問題に必要な注意を払うよう努めることを求めています(14条3項)。
以上のとおり、改正男女雇用機会均等法は、事業主に対して、既に義務付けられていたセクハラの防止措置義務の対象に、求職者等に対するセクハラを追加するものであるため、各企業は、既存のセクハラに関する方針や規程を改正法に対応するよう修正するとともに、相談窓口についても、求職者等からの相談にも対応できるように体制を整えることが求められます。
本改正法により、パワハラやセクハラと同様に、カスハラについても、企業において必要な防止措置を講ずることが法的に義務付けられました。また、未だ雇用関係の成立していない就職活動の場面におけるセクハラについても、企業のセクハラ防止措置義務の対象とされることになりました。本改正法を踏まえ、各企業は、必要な体制整備を行うことが求められます。カスハラの防止措置義務、求職者等に対するセクハラの防止措置義務はいずれも、既存のパワハラ指針及びセクハラ指針が求める措置と共通する部分も少なくないことから、既存のハラスメント関連規程や相談体制をカスハラや求職者等に対するセクハラについてもカバーできるように改訂することも考えられます。それぞれにおいて求められる防止措置の具体的な内容は、今後、厚生労働大臣が定める指針により明らかにされることになっておりますので、今後の動向にも注意が必要です。
企業におけるカスハラ体制整備や求職者等に対するセクハラ対策を検討するに際して、本ニュースレターをお役立ていただければ幸いです。また、弊所では、カスハラを含むハラスメントに関する社内研修、ハラスメント対応マニュアルや各種規程の整備のサポート等も対応しておりますので、ご要望があれば、弁護士宛にご連絡ください。
※1
正式名称は「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律」。
※2
正式名称は「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律」。
本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。
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